講座の紹介と登壇者挨拶
※このテキストは『マーケターのためのPRスキル強化講座③ AI時代のPR』の書き起こしです。文中の登壇者名表記は敬称略。
池田: 皆さんこんばんは。今週も始まりましたMARPSでございます。先々週がなかったので、およそ1ヶ月ぶりの開催ということで、ものすごく久しぶりな感じがしますね。寒くなりましたが、皆さんお元気でしょうか。
今お送りしているのは、「マーケターのためのPRスキル強化講座」、全5回連続講座になります。今回はこの5回目で、前回から日が空きましたが、ちょうど真ん中、「AI時代のPR」です。再来週からまた隔週で2回開催する予定です。
今日は、皆さんお待ちかねの「AI時代のPR」というテーマでお送りいたします。この領域は、広報PRの世界だけではないですが、今はマーケティング、広告領域を含め、生成AIなどをどうやって活用して業務の効率化をしようか、あるいは効率化をするだけでなく、より効果的に活用するために、どのように戦略的に利用できるのか、といったことに皆が興味を持って取り組んでいると思います。
今回、「マーケターのためのPRスキル強化講座」を企画するにあたって、いろんな講師の方に、こういうフォーメーションで話していただきたいという構想を詰めていった際、やはり「AI時代においてPRはどうなっていくんですか」「PRパーソンとしてのスキルの磨き方ってどうしたらいいんですか」という質問は絶対に来るだろうと思いました。であるならば、一コマ、このAIに関して、広報の世界で「現時点でこういう風に活用するのがいいんじゃないか」というところをまとめて話していただける方を探そうということで、ネットでの探索に出たわけです。
色々検索していくと、当然ながら、広報PRの世界でAIをゴリゴリ使いまくって、いろんな知見を持っていらっしゃる、という方はほとんどいらっしゃいませんでした。皆が普通に使うようになったのは、ごく最近ですからね。
その中で、お一人だけ、本日の野中さん(プラップノード株式会社)がいらっしゃいました。皆が「AIって何それ美味しいの?」という時期から、かなり早い段階で「これは広報PRの世界でAIはきっちりと技術として、実務でこういう風に使っていくと絶対いいことがある」という風に、研究活動や実践としてのトライアンドエラー、講演等を多くのところでやってらっしゃる。このテーマなら、もう野中さん一択で話をしていただきたい、ということでご依頼し、今回、快諾しお引き受けいただいた、という会になります。
AI時代に広報がこうなっていく、みたいな概念的なお話もあると思いますが、どちらかというと実践の中で生成AIをゴリゴリ使いまくってきた方なので、今日は実際にブラウザなどを画面として見せていただきながら、「こういうツールを使ってこんな分析をすると、こういうアウトプットがこれぐらいの時間軸で出る」といった、かなり実践的なお話もいただけるのではないかと思います。
プラップノードという会社で実際に実務をやっていらっしゃる方なので、もし、こうしたツールをうまく使っていくために詳しく話を聞きたいという方がいらっしゃれば、プラップノードで検索をしてインフォ経由で「野中さんのMARPSの講義を聞きました。ツールについてもう少し詳しく話を聞かせてくれ」と問い合わせていただければ、追加で別の日にお話していただけると思います。実務で興味がある方は、そういったところにもつなげていただければと思います。
MARPSでいつも話していることですが、マーケティングというのは非常に幅が広く、一つ一つが奥深いです。点としてのつまみ食いをSNSやネットで気になったものだけを勉強したり記事を読んでいたりすると、なんとなく賢くなった気がするけれど、全然実務で使えないということになりがちです。
マーケティングというのは、全体的にこの点が線としてつながり、面として構造体をなしているものです。全体感や俯瞰、そして全体の構造理解をすることによって、「今自分はどの線の中のどの点を学んでいるのか」ということを意識していかないと、本当に簡単に道に迷ってしまいます。皆さんは娯楽のためにマーケティングを勉強しているのではありません。実務スキルを向上させるために学んでいるわけです。学びはただの手段であり、目的は実務スキルを向上させることです。つまり、実践で使えないと意味がないわけです。
実践で使える知識、つまり立体的な状態にする必要があります。そのために面、線、そして点を学んでいく必要があります。一人で点を学んで線としてつなげ、面としての構造を俯瞰的に理解していくのはなかなか大変なことなので、MARPSでは昔から面として捉えた上で今学んでいることがどこに位置しているのかを意識しながらお伝えするようにしています。
今日はPRなので、このパブリシティにおいて生成AIの技術をどのように活用していくかという位置付けのお話になります。
ここから野中さんの講義にバトンタッチし、およそ70分(20時15分から20時20分ぐらいまで)話していただきます。最後10分程度、私と野中さんで質疑応答やディスカッションをし、8時半に完全終了となります。ということで、ここからバトンタッチをしますので、資料を上げていただいて始めていただければと思います。
登壇者とプラップノードの紹介
野中: 皆さんこんばんは。ただいまご紹介に預かりました、プラップノード株式会社の野中と申します。
弊社の自己紹介とPRオートメーション
我々は、右側にあるプラップノード株式会社に所属しております。プラップノードは、左にあるプラップジャパンという会社の戦略会社という位置づけです。プラップジャパンは、50年以上の歴史を持つPR会社ですので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。その子会社として2020年に立ち上がったのがプラップノードという会社で、PRオートメーションという広報DXツールの開発販売を行っています。
弊社のCEOの渡辺が昨年、「なぜ御社の広報活動は成果が見えないのか」という書籍を出版しています。これは、経営に資する広報部門を作るために何をすべきかという方法論について書かれたものです。広報と生成AIに関する章もこの中にあり、私も執筆協力をさせていただいております。
弊社が使っているPRオートメーションについて少しご紹介させていただきます。これも約5年前にリリースされたもので、現在400社を超える広報部様にご利用いただいている、統合型の広報DXツールになります。
広報の業務を全てサポートできるという位置づけになっており、リリース作成・配信はもちろん、メディアリストの管理、取材管理、クリッピング、レポーティングといった業務を、一括でクラウド管理することで、PRをもっと簡単に効率的にすることを目指しています。マーケターの方が多いかと思いますので、MAツール(マーケティングオートメーション)の広報版とイメージしていただければと思います。
野中氏のキャリアとAIへの取り組み
改めて自己紹介ですが、プラップノードで顧客開発部のディレクターを務めております野中です。顧客開発部は、いわゆる新規営業の部署で、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールスを統括しています。
これまでのキャリアは新卒でオリンパスに入社し、研究用の顕微鏡の営業や新事業を担当していました。11年勤めた後、PR会社に転職し、親会社のプラップジャパンに至るまで、大体13年ぐらいPR業界にいます。
PR会社に入ってからは、デジタルマーケティングを専業でやってきました。マーケティングとPRの接点についてはずっと考えてきました。
AIに関してですが、ChatGPTが約2年半ぐらい前に出てきた際、「これってなんかPRに使えないかな」という単なる興味本位でセミナーを始めまして、それを継続しています。いつの間にか「広報と生成AIに詳しい」みたいな立ち位置で、色々なところでお話をさせていただいているという状況になっています。
セミナーや日本パブリックリレーションズ協会といったところで講演をさせていただいております。
弊社のCOOである雨宮が主催を務めている日本広報学会の「生成AIを活用した広報研究部会」でも活動しており、プラップノード、プラップグループ全体で、生成AIと広報について取り組んでいる知見がございます。
講座のゴールと本日の前提
今回の講座の目的、またはゴールは主に4つあります。
- PRにおける生成AI活用の現状が分かる。
- 今後の情報流通構造の変化の潮流が分かる。
- PR業務における生成AI活用の全体像が分かる。
- 生成AI時代におけるPRの未来を考える。
前提として、今回お話しする内容は本日時点での情報になります。進化が非常に早いため、今日話したことが1週間後には陳腐化するということもあります。最新情報に関しては、各サービスが公開している情報を参照してください。また、今回お話しする内容には独自で収集した内容も含まれるため、見解が分かれる可能性があります。
本日はこの構成でお話をさせていただきます。前半は調査結果、研究結果の紹介、概念整理が中心になりますが、後半は実際にツールやブラウザをお見せしながら、実践的なお話をさせていただきます。最後に未来の予測についてお話しします。
PRにおける生成AI活用の現状調査
PRにおける生成AI活用はどれくらい進んでいるのか、という実態調査についてお話しします。これは今月取得したばかりのデータです。国内の企業や団体広報に携わっている方113名を対象にアンケート調査を実施しました。
導入状況と利用業務
「御社で生成AIの導入はどれぐらい進んでいますか?」という質問に対し、「すでに導入をしていて、活用方法を模索している段階」という方々が58.6%でした。「積極的にもう有効活用している」という方々は17.2%でした。
つまり、すでに75%以上の企業様の広報の方々で、生成AIが導入されているという結果が出ています。2年ぐらい前に行った同様の調査では、広報部の方で導入していたのは3割から4割程度でしたので、今はかなり進んでおり、導入するのは当たり前という時代が来ていると感じています。
実際に利用しているPR業務として、最も多いものは、いわゆるコピーの作成(リリースのタイトル作成など)で、AIを使っている方が最も多かったです。次に、広報の企画のアイデア出しも70%以上とかなり多かったです。その他、プレスリリースの作成、記事の収集と要約、議事録の作成、翻訳、戦略作りなどでAIを使っている方が多いという結果でした。
利用ツールと他部門との比較
実際に使っている生成AIツールとしては、ChatGPTとCopilotあたりが最も使われています。NotebookLMが伸びてきている点や、Claudeを使っている方が多い点、そして後ほどご紹介するGensparkを使っている方も増えてきている点など、使われているツールにも変化が見られます。
他部門(マーケター、営業など)と比較して、広報の導入状況はどうかという質問に対し、「同じぐらいのレベルだと思う」という方が43%、「むしろ広報が進んでいるのではないか」という方が26%でした。過去の日本広報学会の調査データでも、導入率に関して広報が37.2%でマーケティングよりも若干高かったという結果があり、広報における生成AI導入は想像しているよりも進んでいると言えるでしょう。
まとめますと、PRにおける生成AI導入はかなり進んでおり、他部門と比べても遜色ないレベルです。利用業務はコピー作成、企画のアイデア出し、プレスリリース作成などが多く、主に使われているツールはChatGPT、Gemini Pro、Copilot、NotebookLMなどです。
外部環境の変化とPRの重要性
次に、生成AIの影響によって情報流通の構造そのものが変化しつつあり、その中でPRの重要性が高まってくるのではないかというお話をさせていただきます。
この話のポイントは3つあります。
- AIに情報検索や要約を依頼する人が非常に増えている。
- 生成AI経由でのサイトアクセスが伸びてきている。
- 生成AIの引用元として、主要メディア、デジタルメディア、オウンドメディア、プレスリリースが多かった。
AIによる検索・要約の増加
情報検索や要約をAIに依頼する人が増えているのは、皆さんにも実感があるかと思います。何かを調べる際にAIに聞いた方が早いという状況です。
こうした状況が進んでいる理由の一つは、サービスの登場です。
- GoogleのAIモード: 昨年9月に日本でも提供が開始され、検索体験におけるAIによる要約や情報提示は無視できなくなってきています。
- ChatGPTのパルス(Pulse): ユーザーのチャット履歴やアプリ情報を基に、OpenAIがその人に合った情報をカードで自動配信する機能です。これが普及すると、AIがニュースを先回りして提示するようになり、ニュース接触のあり方が大きく変わる可能性があります。
- ChatGPTのアトラス(Atlas): 本日(10月22日)リリースされたAIブラウザです。これはOpenAIのブラウザにChatGPTが組み込まれており、AIの検索要約がすぐに出ます。ブラウジングをしながら要約をさせることも可能です。
海外の事例を見ると、アメリカの回答者の55%、イギリスでは62%が特定のタスクで検索エンジンの代わりにAIを使用しています。
GoogleのAIオーバービューに要約が表示された場合、ユーザーが従来の検索結果からリンクをクリックする可能性が約半分になっています。AI要約で用事が済んでしまい、サイトに遷移しないゼロクリック問題が26%で発生しているというデータもあります。
生成AI経由のサイトアクセス状況
生成AI経由でサイトアクセスが伸びてきているか、という調査をSimilarwebの機能を使って実施しました。
オウンドメディアの代表格であるPR TIMESは、1年間のトラフィックの推移で見ると、右肩上がりで伸びてきています。ChatGPTの利用が最も多く、Gemini ProやPerplexityが続きます。
日経新聞も伸びてきており、PerplexityやChatGPTが多い傾向です。メディアによって、経由してくる生成AIの種類はだいぶ違ってきます。
トラフィック全体に対する割合という意味では、正直微々たるものですが、着実には伸びてきています。弊社のサイトでも、AI経由のリファラルやコンバージョンが増えてきています。
生成AIの引用元メディアの分析
実際にAIに検索結果を尋ねた時、どのようなメディアから引用されるのかを調査しました。
引用された主なカテゴリーは4つでした。
- 主要メディア(新聞、テレビ、雑誌のオンライン媒体など)
- デジタルメディア(上記以外)
- プレスリリース(PR TIMESなどのワイヤーサービス)
- 企業のオウンドメディア(企業のサイトのコラムや、お知らせなど)
それぞれの割合は、圧倒的にオウンドメディアが最も多く、次にデジタルメディアが21%、プレスリリース、主要メディアの順で続いています。
AIごとの引用の違いを見ると、OpenAIの方が主要メディア(新聞、テレビ、雑誌のデジタルメディア版)を取り上げる割合が多いという特徴があります。
情報流通構造の未来とPR戦略
AIによる情報検索が進み、サイトアクセスも伸びている。引用元はオウンドメディア、デジタルメディア、プレスリリース、主要メディアであるということが分かりました。この流れは今後も加速していくでしょう。
ただし、メディア側では、生成AIのクロールを拒否しているという動きも出ており、日本新聞協会はクローラーの不透明性が権利保護を阻害し、無断学習やゼロ検索が進んでいると指摘しています。
また、「AI検索でアクセスが減っているため、コンテンツに対して生成AI事業者は対価を払うべきではないか」という記事も出ました。独自性のあるコンテンツはAIの「燃料」として価値を持つため、情報の価値が再定義される局面に来ています。
今後は生成AIが情報流通の間に介在し、流通の主導権が検索エンジンからAIに移行する可能性があります。
- AIに取り上げられる価値のある独自性や信頼性の高い一次情報の発信を意識する必要があります。
- 広報やマーケティング活動の目的は、直接的な露出だけでなく、AIに正確に理解され、引用されることに拡張する可能性があります。
今後のPR戦略では、AI引用に強いメディアという観点で分析を行い、リレーションを強化し、パブリシティを取っていくことが必要です。引用されやすいプレスリリースはどんどん配信した方が良いでしょう。オウンドメディアの強化も引用されやすさの観点から重要であり、PRの重要性はさらに増してくると考えられます。
PR業務における生成AI活用の全体像と実践例
AIを活用して広報業務をどう進化させるか、そもそも広報業務をどう整理して、どの業務に生成AIが使えるのか、という実践のお話に入らせていただきます。
AI活用の3つの目的類型
AI活用の3つの目的類型に当てはめて整理します。
- オペレーションAI: 作業の自動化、効率化を実現する使い方。
- クリエーションAI: 成果物の進化、作るものの平均値を向上させる使い方。
- トランスフォーメーションAI: 仕組みの変革、現状を変革し新しい規模に到達する使い方。
これをPR業務に置き換えると、以下のようになります。
- オペレーションAI(作業の自動化・効率化):記事の収集と要約、広報レポートの作成アシスト、メディアリストの作成・更新、議事録作成、社内情報の管理・確認。
- クリエーションAI(成果物の進化):コピーのブラッシュアップ、リリース作成、構成案作成、SNSコラム作成、戦略策定。
実践例:オペレーションAI
- 簡易クリッピングとSlack通知: 会社名などをリスト化しておき、ニュースを検索し、OpenAIのAPIを使って要約しSlackに飛ばす、という仕組みをGASで作成しています。その日のニュースの要約、トレンドの要約、注目すべきトピック、企業の広報戦略や課題的な部分の要約を毎日飛ばすようにしています。
- 広報レポートの作成アシスト(Genspark): Gensparkの「AIスライド」機能を使うと、クリッピングした記事データを流し込むだけで、広報レポートを簡単に作成できます。月別の記事数推移、主要メディア、分析とインサイトをまとめてくれます。
- メディアリストの作成(Genspark): 「広報DXツールを広報するにあたってターゲットメディアのリストをください」といった依頼をすると、Gensparkがサイトを検索してリストを作成してくれます。これから新しいメディアに当たる際、スクリーニングとしてかなり使えます。
実践例:クリエーションAIとトランスフォーメーションAI
- SNS投稿文の自動作成(GPTs): プレスリリースを元に、Facebook、X、InstagramなどのSNS投稿文を自動作成するGPTs「プレスリリースリメイク」を作成し、活用しています。URLを入れるだけで、プロンプトで指定した文字数やトーンに合わせた投稿文が簡単にできます。
- 報道分析・戦略立案: PRオートメーションの「バズニュースアナライター」のような機能で、特定キーワードを含む記事データを収集し、GPTに読ませて分析させます。例えば「スポーツの日」に合わせて去年の記事を分析させると、「効果的な切り口はどうだったのか」といったことを要約して出してくれます。
- トランスフォーメーションAIのアイデア、ブリーフィングエージェント: 「ブリーフィングエージェント」は、自社や競合の報道分析をし、会社の経営計画と照合しながら、毎日この報道が来たことに対する提言を経営層向けにまとめてくれるAIです。知識検索のところに経営資料などを入れ、学習させることで、こういったものが今後はできてくるだろうと考えています。
生成AI時代におけるPRの未来予測と人間の役割
未来予測として、「AIエージェント革命」という本に書かれていた予測を紹介します。2030年頃には、企画、承認、実行までAIがやってしまい、2035年頃には、AIが組織自体を主体的に運営し、経営権の一部もAIに委譲される、という予測です。
これを広報に当てはめると、
- 2027年頃まで: AIと働く広報。報道分析やリリース作成など、広報業務の大半をAIがやってくれる。
- 2030年頃: 過去の掲載傾向から最適なメディアを勝手に選定し、露出確率のシミュレーションをしてリリース文を作成してくれる、といったことが可能になる。人間はAIに任せて、監督する広報になる。
その時、人間は何をするべきかというと、戦略の判断、品質、倫理、文脈理解といったところが重要になってきます。
もっと分かりやすく言うと、「その会社が何をしたいのか」「その会社とは何か」という本質的な問いや、「社会との関係の中でどんな問いを立てるか」を考えることが人間の役割になります。
つまり、自分たちの存在意義を言語化し、社会に翻訳する能力が求められます。これは、弊社のCOO雨宮がセミナーでよく話している内容で、「企業と社会とのコミュニケーターが広報である」という位置づけです。
企業内部の情報(ビジョン、業績、不祥事など)をフィジカルなコミュニケーションで吸収し、それを魅力的なストーリーや洗練されたコミュニケーションに翻訳し、社会文脈に合わせ、メディアやオウンドメディアで発信していくことで、ストーリーが広がる。AIが進むとより一層求められます。
この能力を身につけるためには、やはり広報経験が豊富な方でないと難しい部分があります。そこでAIにコーチングしてもらうという取り組みもありかなと思い、弊社では「PR Think&Score」というGPTsをメンバーが作りました。
PR代理店の新入社員などが毎日筋トレのように取り組んでいます。気になった記事をあげて、「なぜ取り上げられたのか、どんな社会文脈で取り上げられたのか」を考察し、AIに投げると点数をつけたり模範解答を出してくれます。AIと壁打ちし、その後メンバーにディスカッションを習慣化することで、この力を身につけていくことを試みています。
2030年以降、さらにその先の話になると、経営機能もAIに移管される可能性があり、経営AIのようなものが登場するかもしれません。それが全てのデータを吸い上げて最適な経営判断をし、各部署に指示を出すようになる。そうなると、広報の結果がマーケティングや営業の成果にどれくらいつながったのか、といったことも経営AIが全て把握するようになります。
部門間の壁、特にマーケティングと広報の壁はなくなるでしょう。こういったことも視野に入れながら、今やれることをやっていくべきだと考えております。
Q&A
池田: ありがとうございます。時間もぴったり。さすが、もう相当の回数話してきてるから、流れも洗練されていてとても学習になりました。
ここから残り10分ちょっとぐらいですが、ディスカッションを通して掘り下げていきたいと思います。
先ほどレイ・イナモトさんのAI活用、3つの方向(オペレーションAI、クリエーションAI、トランスフォーメーションAI)の話がありました。今はほとんどがまだオペレーションAIで、一部クリエーションAI、トランスフォーメーションAIにたどり着けているところは全業界でも少ないでしょう。まずは効率化から始めるというところがほとんどだと思います。
最近はようやっと今年後半になってきて、効率化は基本として、「次はクリエーションAIやろうぜ」みたいな機運が出てきています。
先ほどのGensparkのスライド自動作成など、マジでめちゃくちゃ便利ですよね。
野中: 便利ですね、これは。
池田: 最近、AIを使えば使うほど脳が退化する、みたいな話がバズっていましたが、極論、何かのデータ(CSVなど)を上げて「いい感じでスライドにしてよ」と言ったら、新卒1年目から10年目まで、誰がやっても基本的に同じスライドがアウトプットされるわけじゃないですか。
で、ポイントはこれをクライアントや上司に出した時に、「ふむふむなるほどね」と。半年や1年経ったら、AIで作ってきたことは全員が分かるわけで、「ちなみになんでこれが入ってて、こっち入ってないの?」とか、「これってどういう意味?」と聞かれた時に、「ごめんなさい。指示出してアウトプットされてそのまま持ってきたから私に聞かれても知りません」という人間が大量に生産されるんじゃないか、という問題があるじゃないですか。
要は資料の作成は誰でもできるけど、誰も質問に答えられないという。なぜなら自分の頭で考えて作ってないから。ここら辺ってなんか感じるところありますか?
野中: まさに、例えば今の新入社員くらいの方が入ってくると、割ともうAIでそれっぽいことも全然できちゃうというのが当たり前になってきてしまっていると。難しいと思うのですが、我々みたいな世代だと、1年目からあえて面倒くさい作業や大変な作業をやって、そこから見えてくるからこそ、このアウトプットはどうなのか、という判断ができるということがあると思います。
その辺をすっ飛ばしちゃって、それっぽいものができてきて、特に深く考えないままそれを鵜呑みにしてしまうリスクはありますよね。
池田: 結局、1年目や2年目の子がAIに作らせた資料の「ここは詰めが甘いから削っておこう」とか、「AIがこれとこれに関しては誤解をしてこういうアウトプットですって言ってるけど、それ嘘ついてんだろう」みたいな感じが結局分からなくて見抜けないわけじゃないですか。そういった詰めの甘いものが世の中に大量生産される時代が、次に来るゆり戻しとしてある。
AIを使うのは絶対いいんだけど、頭を使ってない人がAIを使うと脳が退化するけど、頭を使っている人がAIを使うとより脳が活性化されて賢くなる、みたいな無情な時代が近づいてきているな、というのを感じました。
そして、PR業界の未来の話について、まさに聞きたいと思っていたところをまとめてくれていました。
2027年とか2030年とか、もうあと2、3ヶ月したら2026年じゃないですか。たったの5年後に、どれぐらい業界としての働き方や、マーケティングにおける広報の役割が変わっていくのかを考えると、背筋が凍るような変化がやってきそうだと。
今日野中さんがデモンストレーションしてくれたような、一般的な企業の広報部やPRパーソンが営んでいるところの、メディアリストを作る、アプローチをする、プレスリリースを書く、SNSの投稿文を考える、クリエイティブを作る、論調調査をやる、レポートをやる、といった規定演技的な仕事があります。この規定演技は、AIが一番得意とするところじゃないですか。
そうすると、2027年から2030年までに、段階的に、この定型的な、規定演技としての業務は、全部AIに代替されていくという未来は、確定しているように考えられます。
そう考えると、マーケティングにおけるPR、あるいは広報PRそのものでもそうだと思うんですけど、「うちの会社は一体何者なのか」「社会の何のために存在をしているのか」「なぜうちなのか」といったようなところをしっかりと問えたり、設計できたりする能力というのが、やっぱりより一層重要になるというか、そこしかいらなくなっちゃうみたいな未来もある。
私の質問は、野中さんが支援している中で、この自分たちの存在意義を言語化して社会に翻訳をする力、これがいかに難しいかという点です。
広告パーソンはお金で枠を買い、100%ポジティブなメッセージを作り、強制的に訴求していく世界です。しかし、パブリシティやPRの世界は、第三者に取り上げてもらうから、枠を買うわけではない。記者やメディア側の人が「これは社会にとって、生活者にとって必要な情報である」と認めてもらえない限りは報道されない。
まさにこの社会とつなげていく、社会関心に変換ができる能力というのは、私の経験則だと、広告パーソンが3年から5年ぐらい修行しないと脳内のスイッチが変換できないぐらい、結構高度なスキルだと思っています。なぜこの商品サービスなのか、競合と何が違うのか、ということを社会関心と連結する、といったところの難しさについて、どうお考えでしょうか。
AI活用でPR業務を効率的かつクリエイティブにできますが、そこが同質化すればするほど、あなたの企業は顧客にとって必要なのか、競合他社と何が違うのか、といった特徴がない企業は、そもそもニュースを作り出すこと自体がより難しくなる未来が来ます。
定型的なオペレーショナルな業務を誰がやっても同じ答えが出る時代になるがゆえ、そこで差がほとんどつかなくなる。プロンプトも完全にハックされ、みんなが同じAIツールに同じプロンプトを投げると同じ回答が返ってくるわけですから。
野中: 本当に難しいです。一つは、ここ(存在意義)は結局社内の情報になってくると思うんです。なので、なかなか気づかない社内の良さみたいなものって、気づいてないだけであると思うので、そこをフィジカルなコミュニケーション、つまり対面で社内の人と話していく。そこで気づくものがあると思うんです。そこをいかに発見できるか、というところ。
そして、結局AIは全て確率を上げる、いわゆる最適化が極限まで進む、みたいな働きになると思うんです。そうすると、決まったような答えをどこの会社も出してくる世界になるのではないでしょうか。
そこから価値を作れるのは、やっぱりAIが作れないもの、つまり外れ値だったりすると思うんです。突拍子もないもの。それってやっぱり人とコミュニケーションしていって、メディア側の記者さんとも対面でコミュニケーションしていて見つかる、みたいなところもあるのではないかなと思っています。
池田: そうだと思います。画面にいろんなものを入れてポチっとして効率的に出てきたものでやれる領域は、もうほとんど差別的な競争優位の源泉がどんどんなくなっていっちゃうから。
今、野中さんが言うように、これから社内のインターナルなデータをどれだけクローズのAIに突っ込んで学習させるか、みたいなものもテーマになってきていますが、やっぱり社内でずっと働いている人は「そんなのあって当たり前」っていう、そのお宝に気づかない。
それを外部の社会とか多くの企業と相対的な評価ができるような第三者が、社内の人たちの話をいっぱい聞くことによって、「これってあなたたち当たり前だと思ってるけどお宝ですよ」みたいなことを、発見し発掘し、それを社会とつなげてPRに露出していく、みたいな感じが、より一層重要になる気がしますね。
野中: そうですね。それがいわゆるすごいPRパーソンということだと思うんですけども、なかなかそれは簡単に身につくものでもない、というところはあると思います。
池田: 今言っていたことって、相当な熟練のスキルがないとできないことだけど、PR会社とか企業の広報に入ってきた子たちは初日から自分でAIを使ってショートカットをしようとするから、そのスキルが3年5年で磨かれない問題をどうするか問題、というのはこれまたちょっと業界の構造的な問題ですよね。
多分、今年から来年にかけてPR TIMESに流れていくプレスリリースも、どんどん同質化して、どこもかしこもみんな同じ文体で同じようなことを言い始めるみたいなこととかも発生する可能性がありますよね。こうやってやると「AIにプレスリリースを引用してもらえる確率が上がるからこのプロンプトでこんな感じでやろう」みたいなことを全員がハックして全員同じことをやって全員同じになる、というね。
野中: その意味では、AIが作ったニュースが氾濫すると思いますが、逆にいわゆる主要メディア(新聞など)が価値を持ってくる、みたいなところもあるんじゃないかなと思っています。信用で。
池田: いやいや、なかなかさすがにこの大きなテーマだけに1時間半で語れることには限界がありましたが、ただ、5年後とか10年後の未来みたいなところまでイメージを膨らませながら、今、とりあえず目の前の業務をどのように効率的にやりながら、クリエイティブな仕事もAIに任せながら、人間にしかできないところに時間を使えるようにするか、というすごく多くのヒントがいただけたなと思います。
ということで、時間になりましたので、これにて今回のAI時代におけるPRの講義を終了したいと思います。今日はプラップノードから野中さんにお越しいただき、お話を頂戴いたしました。ありがとうございました。
野中: はい、ありがとうございました。
池田: 皆さん、また来週お会いしましょう。お疲れ様でした。さよなら。
野中: ありがとうございました。


