1. 講座の概要と学習の意義
皆さん、こんばんは。トライバルメディアハウス代表の池田です。いよいよMARPSのデジタルマーケティング連続講座が始まりました。皆さんお申し込みいただきありがとうございます。
MARPSは開始から1年3ヶ月、15ヶ月が経ちました。前回は有斐閣アルマのマーケティング戦略(理論を基とする)という講座も14回連続講座として実施しました。これも私の昔からの悲願でした。今回も、デジタルマーケティングの個別のテーマを学ぶのではなく、全体を俯瞰しながら体系的に学び、かつ、個別の重要テーマに関しては、その第一線で活躍をしている第一人者の方にお話いただくという講座を、ずっとやりたいと思っていました。今回、願いが叶って実現した回になります。
今日から16回、私を含めて15人で、ゴールデンウィークが終わった5月の中旬ぐらいまでの講義になります。これをしっかりと学んでいただければ、デジタルマーケティングの全体的な領域と、1個1個の個別の重要テーマの部分に関しては、かなり網羅性高く勉強していただけると思います。是非皆さん、最後までくじけず頑張っていただきたいと思います。
豪華な講師陣と講座の価値
今日からこうしたテーマで進めてまいります。私の考える、デジタルマーケティングの全体図を学び、1個1個の重要な個別テーマを学んでいくのであれば、およそ大体こういうテーマを学んでもらうべきだろうと思ってプログラムを構成しています。
今回私としても誇らしいのが、この1個1個の個別テーマです。このテーマを誰にお話いただくのが最も価値の高い講義になるのかという意味で、それぞれのテーマにおいて、一番の第一人者であろうという方を、私が勝手にリストを作り、当たって砕けろで連絡しました。全員にご了承いただくのは難しいかと思っていましたが、なんと全員、100%の皆さんが今回の趣旨にご賛同いただき、快諾をしていただけました。
自分で言うのも恐縮ですが、おそらく他の外部機関でこの回数、この講師陣の講義を受けようとすると、有料講座で20万円ぐらいの価値はあるのではないかと思います。是非皆さんこの機会に、余すことなく学んでください。自分とは関係ないと思うところも、自分がやっている領域に対して大きなヒントが得られると思いますので、担当領域ではないところについても、せっかくの機会なので、学んでいってほしいと思います。
サイトの申し込みについて、一括申し込みができないかといったシステム改修を進めていますが、もう少し時間がかかりそうなので、お手数ですが、受けたい回、できれば一番最後のところまで受けようと思っている方は、申し込みをしていってもらえるといいと思います。各回、Zoomの同時接続の限界から、定員は500名と制限を設けています。ちなみに今日は、初回のオリエンテーションですが、500名を超える方々にご聴講いただいております。
マーケティング学習の目的
これから皆さんに各論を学んでいってもらうのですが、次回、次々回は概論なので、比較的大きめの体系的な話になります。今日は、これから16回(次回から15回)個別具体の勉強をしていくにあたって、デジタルマーケティングの全体像と学び方というところのオリエンテーションをする回になります。
皆さんデジタルマーケティングを学びにきたと思いますが、何のために学ぶのでしょうか。学ぶために学ぶのではなく、社会人がマーケティングを学ぶわけですから、明確な目的があるわけです。私は、皆さんがデジタルマーケティングを学ぶ目的というのは、限られた経営資源で最大の成果(マーケティング成果)を出すために、最新のデジタルマーケティングを学ぶのだと考えています。
戦略は経営資源が無限にある時には必要ありません。全てやればいいからです。しかし、すべての会社には必ず経営資源に限りがあるため、何かをやるを決めると、何かをやらない(やれない)ということを同時に決めているということなのです。
これはデジタルマーケティングも全く同じです。何か施策の期間や費用を決定している段階で、何かについてはやらないと決めています。限られた資源で最大の成果を出すためには、見当違いな施策をやってはいけないわけです。したがって、どんな課題に対してどのマーケティング施策が最大成果を出すことができるのかというところを、きっちり把握している必要があります。
2. 組織能力の向上と共通言語の確立
組織能力向上の重要性
この限られた資源で最大の成果を出すためにはどうしたらいいのでしょうか。僕は、組織能力を向上させることだと思っています。多くの方は何がしかの組織に属し、あるいは支援側として、その組織が最大パフォーマンスを出せるように活動していると思います。
大きなマーケティング成果を出すためには、大きなマーケティング活動をしなければならず、それは一人ではなく複数人(スタッフ)が力を合わせて行うわけです。その組織やチームの力を向上させない限り、大きな塊としてのマーケティング活動の精度はなかなか向上できません。一人だけ賢くなってもだめなのです。
共通言語の必要性
この組織能力を向上させるために、私はやはり一番重要なのは共通言語を作ることだと思っています。組織能力が向上しない要因の大きいところに、共通言語がないというところがあると思います。
共通言語とは、概念や言葉の解釈を一致させることです。
例えば、「コンテンツマーケティング」という話が出たとき、みんな聞いたことはあるわけですが、それが一体どんな活動をするものなのか、およそいくらぐらいの予算がかかるものなのか。そして一番重要なことですが、どれぐらいの時間軸でどんな成果を獲得することができるものなのかといったところが、人によってかなりずれているのです。
試しにコンテンツマーケティングについて一人ひとり聞いていくと、全然違う解釈をみんながしているのです。これが失敗の始まりです。世の中に流通しているワード(コンテンツマーケティング、ブランドマーケティング、インフルエンサーマーケティングなど)が飛び交うとき、みんなバラバラの解釈で会話が進んでしまっているのです。
これが非常にロスを生み出しています。組織能力を向上させるためには、まずこの共通言語を作る、すなわち、概念や言葉の解釈を一致させていくことが絶対に必要であると僕は思っています。
コミュニティラーニングの推奨
共通言語を作るためにはどうしたらいいのでしょうか。僕は、同じ時期に、同じ教科書なりコンテンツで同じ学習をすることだと思っています。これは、コミュニティラーニングとも言われます。仲間で同じ時期に同じ学習をすることで、同じ言語でディスカッションが同じタイミングでできるようになるわけです。
なぜこの話をしたかというと、このデジタルマーケティング連続講座を、是非皆さんお一人だけでなく、仲間やチーム、クライアントと一緒に受けてくださいということを伝えたかったからです。
外部の機関で学ぶものは、結構一人で単独で受ける方が多いです。そうすると、その方は知識を吸収し賢くなる(資質や視野が広がる)のですが、会社に帰ってチームで会話をすると、学んだ皆さんは一段上から話し始めるのに、チームの皆さんは変わっていないので、資質、視野、視点が合わなくなっていくのです。
学べば学ぶほど、社内の共通言語作りに苦労したり、解釈がすり合わないことに苦労し始めるのは、一人で学んで賢くなってしまっているから(正しく認識ができるようになっているから)です。ですから、無料なので、是非先輩、後輩、同僚、チーム、あるいはクライアントの皆さんと、同じタイミングで学習をしていくということに取り組んでみてほしいと思います。
3. マーケティングの目的と課題の把握
マーケティングの目的
マーケティング学習の方法の前に、マーケティングの目的のおさらいから始めます。マーケティングの目的は、お客様に買っていただくことだと思っています。
マーケティングを一言で言うと「売れる仕組み作り」といった話をすることが多いですが、これは企業目線です。私はお客様視点で、マーケティングの目的はお客様に買っていただくことであると、極めてシンプルに定義しています。
皆さんが日々のマーケティングでいろんなことをやらなければいけない理由というのは、お客様に買って頂けていないからなわけです。あるいは、計画通りに買って頂けていない状況(客数、購入頻度、買い上げ個数、リピートなど)にあるわけです。
お客様が買わない理由
お客様が買ってくれない理由を列挙していくと、およそ図に示されているような感じになります。何も見ずに書き出してみると学びになりますが、意外と出てこないと思います。お客様が買ってくれない理由が10個、20個書けないというのは、問題点を正しく把握できていない可能性が高いです。
具体的には、ニーズそのものがない、消費者のニーズにフィットしていない、商品サービスそのもののパフォーマンス(買った後に「また買おう」と思えていない)が低い、価格が高い、買いたいと思ったけれど近くの店で売っていない、置いてある場所が分かりづらくて気づかなかった、在庫切れで買えなかった、といった問題があります。
今日ご参加いただいている方の恐らく大半は、マーケティングコミュニケーション(広告、PR、販売促進、CRMなど)を担当していると思います。これは、お客様に価値を伝えるという、マーケティングの中の領域です。しかし、ここで挙げた問題(ニーズのずれ、価格の高さ、商品の在庫、気づきにくさ)は、マーケティングコミュニケーションの問題ではないのです。
ですから、デジタルマーケティングを学び始める前に、マーケティングコミュニケーション(コミュニケーション活動)だけで解決ができるマーケティングの課題というのは、実にごく一部であるということをきっちりと認識しておいてください。デジタルマーケティングコミュニケーションだけで売上が上がることというのは、できることはごく一部であることをしっかり認識しておくべきです。
自動販売機思考からの脱却
売上を自動販売機のボタンを押すようなものとして考えている担当者が非常に多いです。何か施策を実行したら(ボタンをポチッと押したら)、売上がガツッと落ちてくると思っているのです。しかし、売上はそんなに単純なものではありません。
僕は、売上は電子回路のようなものだとよく言っています。施策を講じているのに売上が上がらない、あるいは伸び悩むとき、自動販売機思考で考えると、「このボタンじゃなかったのかな?次こっちのボタンを押してみよう」となります。これは、当たりのボタンを押せば必ず売上が落ちてくる、直接的に繋がっていると解釈しているからです。
しかし、電子回路はどこかが断線している、機能不全になっている、電流の流れが弱くなっている、といったことが起こっているのです。電子回路のような因果の構造によって売上ができているという感覚が、ものすごく重要なのです。
4. マーケティング学習の鍵:「知る・分かる・できる」と「点・線・面」の理解
マーケターの課題と学習の壁
マーケティングは「どこからどこまでがマーケティングなのか分からん」「全体像が分からない」といった悩みが出てきます。
MARPSの調査でも、困りごとは大体このようなところでした。全体像が分からないので、何から学んだらいいのか分からない。一生懸命勉強しているけれど、全然実践で使えている気がしない(成果実感が得られない)。フィードバックをしてもらえる仲間がいない。真似をしたいと思えるような型がない(真ねるお手本がいない)。そして、共通言語が作れないという問題もあります。
マーケティングは範囲がものすごく広く、そして1つのテーマも非常に奥が深いです。そのため、皆さん大体道に迷ってしまいます。一番の問題は、今自分はマーケティングの全体像の中の何を学んでいるのかが把握できないことです。深い霧の森に入ったような不安感を常に抱えており、今学んでいることが次に何と繋がるのか、次は何を学ぶべきなのか、という線が繋がっていないというところが、多くの方が持っている課題なのです。
「知る、分かる、できる」の3ステップ
ですから、僕はいつも「知る、分かる、できる」の3ステップを意識してくださいという話をしています。マーケティングの学習は単なる手段であって目的ではないので、皆さんは「できる」というところにまで行かなければいけません。学んだことが「できる」状態にならないと成果は出ないからです。
「できる」ためには、「分かる」ということが絶対に必要です。しかし、多くの方が「知っていたらできる」と思ってしまいがちです。
アルゴリズム上の特定の施策といった超具体的なことは、知ったことをそのままやれば大体できるというものもあります。これは知っておいた方がいいのですが、皆さんが知ってすぐにできるようになったということは、競合も知ればすぐにできるということです。知ればすぐにできることは大事ですが、優位性はあまりありません。競合と戦って勝つためには、自分の頭で考えて、創意工夫をしながら実行するという施策で差がついていくわけです。
知ったところですぐにはできないのです。これから皆さんが学んでいただく各テーマは奥がものすごく深いです。講師の方は、失敗の連続の経験から得られた知見や知恵を皆さんはこれから学んでいくわけです。そういったものは、ある一定の抽象化がされています。抽象化とは、「これとこれとこれをやったらうまくいった、つまりどういうことなのか」とまとめる作業です。
皆さんが現場に帰って実行する時に、抽象化されたものを具体に戻さないと施策に落とせません。施策は具体だからです。その時に「分かっていない」と実行できません。知っているだけだとできない理由は、学んだ抽象化された概念を具体に降ろせないからです。ですから、「分かる」必要があります。
そして、この「分かる」から「できる」というのは、皆さんが現場で試行錯誤し、頑張るしかありません。試行錯誤を通じて少しずつできるようになっていくわけです。ポイントは、ただ単に「知る」ということではなく、「分かる」というところにつながる学び方をしなければだめです。次週からは、**本当に自分は分かったのか?**ということを、常に自問自答しながらやってもらいたいのです。
点・線・面の理解と応用力
一人で学んだことが「分かる」状態になることは難しいので、先に言ったように「みんなで学んでね」というのが重要です。仲間と議論をしたり、学んだことをXやノートにアウトプット(出力)していくこと は、「分かる」につながっていきます。入力したものを一人で出力する、またはみんなで会話・議論をする中で「分かる」に近づけていくことに、是非取り組んでもらえればと思います。
この「分かる」ためにMARPSが目指しているゴールは、とにかくこの点・線・面をつなげていくということです。これがマーケティング学習の肝中の肝だと僕は思っています。若い頃は、知識がまだバラバラに散っている**「点」の状態でした。しかし、マーケティングは全体を体系的に理解をしていく状態(「面」として理解している状態**)が理想なのです。
多くの方は、話題の情報など、つまみ食い的に勉強しがちで、日々「点」を入力しています。しかし、この「点」は**「線」として繋がっていないと、実務でほとんど使えません**。マーケティングの課題を解決するのはシナリオや流れがあるため、分断した「点」がいくら頭の中に100個、200個あっても、現場でほとんど使えないのは、「線」として繋がってないからです。その「線」も、構造化をすると**「面」**になっています。
皆さんは「点」を学んで「線」としてつなげ、最終的に「面」として全体を体系的に理解していくわけです。デジタルマーケティング連続講座で、奥深い個別テーマという「点」を学んでいくにあたり、この学んでいる深い「点」は、全体の「面」の中のどの「点」なのか、そしてどの「点」と「点」が「線」としてつながっているのかといったところを、自分の頭の中で考えながら聞いていってください。
これを理解すると、ものすごく応用ができるようになります。応用ができないということは立体的になっていないということだから、実務で使えないのです。
市場は常に動的(ダイナミック)に動いています。環境の変化が激しいので、前回うまくいった施策を今回も同じようにやろうとしてもうまくいかないケースが増えています。結局、この立体的な思考ができていないと、現場で応用が効きません。点線面がつながっていて、かつ立体的に応用ができる状態になっている必要があります。
ですから、「知る、分かる、できる」を意識していくことと、これから学んでいく深い「点」はどんな「線」と「面」の中における「点」なのか、というところを、是非皆さん一人ひとりが意識しながら、1個1個のテーマを聞いていくようにしてください。
5. マーケティングとマーケティングコミュニケーションの区別
マーケティングの定義と全体像
冒頭でお話していた、マーケティングとマーケティングコミュニケーションをきっちり分けて理解しておいてくださいという話です。今回のデジタルマーケティング連続講座は、正確なタイトルで言うと「デジタルマーケティングコミュニケーション連続講座」なのです。
マーケティングの目的はお客様に買っていただくことです。マーケティングとは、お客様に買っていただくために行う全事業活動のことです。環境分析、経営資源分析、競合分析、リサーチ、商品開発・改善、値付け、チャネル政策、広告、PR、販売促進、イベント、CRMなど、これらすべてがマーケティングです。
初学者や断片的な経験の人は、「マーケティング=広告でしょ」といったように、断片的になりがちです。お客様に買っていただくために行っている全事業活動がすべてマーケティングであるということを正しく理解してください。
売上の地図が示す因果構造
MARPSで解説してきた「売上の地図」が示す通り、売上は自動販売機のようにボタンを押したら出てくるものではなく、因果の構造でできています。売上は最終ゴールであり目的変数ですが、単なる結果なのです。売上を直接的に上げることはできません。売上を上げるためには、原因としての入力(説明変数)を増やしたり変えたりしなければいけません。
売上は、トライアルの売上と、その一部が繋がっていくリピートの売上という2種類しかありません。この売上は、売り場と想起の2つによっておおよそ決まります。
想起とは、ニーズが顕在化した時に、頭の中で好意的な選択肢の集合体として何のブランドを純粋想起できるか、ということです。認知しているかではなく、想起するかどうかが最重要です。近くの店にある(フィジカルアベイラビリティ)など、売り場も非常に重要です。
想起も結果であり、想起を上げるためにはプレファレンス(サイコロの目が出る確率)を上げる必要があります。プレファレンスも結果で、これを上げるためには、価格、ブランドエクイティ、製品パフォーマンス、そして過去の満足度といったものが影響します。価格、ブランド、製品パフォーマンスの相和によってプレファレンスが上がり、結果として想起が上がり、結果として売上が上がるという構造です。
マーケティングコミュニケーションの領域
では、マーケティングコミュニケーションとは何でしょうか。これは、広告、PR、販売促進(AD, PR, SP)といった、お客様に自社の商品やサービスの価値を伝えるという、マーケティングの中の領域です。
売上の地図で言うと、外周にあるもので、PESO(ペイドメディア、アーンドメディア、シェアードメディア、オウンドメディア)といったメディアからの情報(入力)によってブランドが上がり、結果的に売上に繋がっていきます。マーケティングコミュニケーションは、この因果の構造の中における**入力(インプット)**なのです。
このPESOの4つのメディアをファネルに分解し、1個1個の施策をマッピングしたものが、マーケティングコミュニケーションのファネルマップです。認知獲得、興味喚起、理解促進など、それぞれ効く場所が違います。1個の施策でフルファネルで解決ができる万能な魔法の薬は存在しません。
6. マーケティングコミュニケーションの目的と限界
意識、認識、態度の変容
マーケティングコミュニケーションの目的を仮置きしてみましょう。それは、「消費者の意識、認識、態度を変えることによって行動を変えること」(つまり、買っていただくこと、あるいは買い続けてもらうこと)です。
ここで、意識、認識、態度の言葉を解説します。
- 認識(パーセプション): ポカリスエットは、昔はスポーツドリンクという認識(パーセプション)でした。しかし、企業努力によって、お風呂上がり、風邪を引いた時など、様々なブランド連想やパーセプションを追加することに成功しています。
- 意識変容: 知らない人に知ってもらう(認知)、知っているけど興味がない人に興味を持ってもらう(興味喚起)、興味はあるけど違いが分からない人に理解してもらう(理解促進)、最終的に買いたいと思ってもらう、といった意識を変化させることです。
- 態度変容: 人間には、認知的な態度(良いか悪いか)と、感情的な態度(好きか嫌いか)の2つがあります。今の市場では、ほとんどの商品が素晴らしい最高の商品であり、技術も成熟しているため、認知的な態度に差がなくなってきています。そのため、コモディティ化し、価格競争になっています。
売れ筋が変わる要因の一つが、好きか嫌いかという感情的な態度なのです。日常的に買う商材は、「なんとなく好き」といったフェイバレットのゾーンに入っています。もし、課題が認知や理解不足であれば意識変容施策をやればいいのですが、「あまり好きじゃない」から買ってもらえないという状況であれば、意識変容施策をやっても売れないのです。
マーケティングコミュニケーションにおける重要な課題は、態度変容をすること(好意度を上げること)なのです。また、高額商材やBtoBでは、好意度だけでなく信頼が重要になります。
CPバランス理論とコミュニケーションの限界
CPバランス理論では、売上はコンセプト力(買う前に買いたいと思わせる力)とパフォーマンス力(買った後に「また買おう」と思わせる評価)の2軸で決まります。コンセプト力が強ければトライアルの売上を喚起できます。
マーケティングコミュニケーションによってコンセプト力は上げられます。しかし、パフォーマンス評価が低い場合(例えば、飲んでみたら「まずい」「口に合わない」)、広告販売の力によってリピート売上を増やしなさいというオーダーが来ても、ほぼ実現不能です。なぜなら、パフォーマンス評価は商品の品質に依存するからです。
リピートしてくれるお客様は、大前提として一定の満足をしてくれていることが前提です。したがって、マーケティングコミュニケーションの力だけで買い続けてもらうことを実現することはできません。商品のパフォーマンスにほとんど依存してしまうからです。
広告効果とマーケティング効果を分ける
広告効果とマーケティング効果を分けなさいという話です。売上は単なる結果であり、この右上の売上という綱を引っ張るためには、広告、価格政策、営業、流通施策、ブランド向上など、すべての要因がベクトルとして引っ張る総力戦の結果として売上は上がっています。
広告だけの力によって売上は上げられません。広告を見て買いたいと思ったとしても、店に置いてなかったり、在庫切れだったり、値段が高すぎたりして買えなかった場合、それは広告のせいではありません。広告によってできることはどこまででしょうか。テレビCMであれば、CM認知度やブランド認知度を上げるのが広告効果です。しかし、「テレビCMをこんなにやったのに全然売上が上がらないじゃん」という話になるのは、テレビCMを打ったら売れるものだと思っているという、解釈が間違っているからです。
また、競争相手のコミュニケーション(競合の努力)も影響します。昔は市場全体が成長しているプラスサム市場でしたが、今はゼロサムゲームの市場が多いです。自社が売上を上げたということは、競合の売上が減っているということです。自社が努力しても、競合がもっとすごいプロモーションで成功させていれば、売上は引っ張られます。
これらを総合的に考えると、マーケティングコミュニケーションの目的を「買っていただくこと」とするのも怪しいと思いませんか。店頭に売ってなかったら買えないからです。
結論として、超厳密に正確に定義するならば、私は「購入意向を上げるまで」が、マーケティングコミュニケーションの実現可能な、目指せるKPIではないかと思っています。つまり、「買いたいな、行ってみたい、食べてみたい、飲んでみたい、やってみたい、来てみたい」と思うところまでです。この解釈をチームやクライアントと正しく認識していて初めて、KPI/KGIが握れているのです。
7. 「デジタル時代のマーケティング」への移行
デジタルとリアルの解釈の転換
今回の講座はデジタルマーケティング連続講座なのですが、皆さんには是非「デジタル時代のマーケティング連続講座」と捉えてもらいたいのです。
2015年ぐらいまでは、リアルなマーケティングが主導の時代でした。その後デジタル施策が出てきたため、「マーケティング」と「デジタルマーケティング」が分かれて解釈されていました。しかし、今はもはやそんな時代ではありません。スマホがあり、この世は、ほぼすべてがオンラインになっています。デジタルかリアルかなんて言っていること自体に全く意味がなく、ほぼあらゆるものがデジタル化された中においてリアルな世界があると考えた方が自然だと思います。
マーケティングは、消費者の環境変化にフィットさせ続けなければいけない動的な実学です。消費者がデジタルやSNSにいっぱい時間を使っているのなら、マーケティングコミュニケーションもデジタルに対応しなければいけない、というだけの話ではないでしょうか。今までのマーケティングにデジタル施策をプラスするのではなく、今までのマーケティングをデジタル時代に最適化していく。これがデジタル時代におけるマーケティングという解釈の仕方です。
ソーシャル化と究極のゴール
ソーシャルメディアやSNSに関しても全く同じです。今や多くの人たちがSNSを当たり前に使い、レビューを見ながら買うか買わないか決めている時代です。あらゆる情報がソーシャル化しているのです。ですから、「次はどんなSNSが来ますか」といった狭い話ではなく、あらゆるものがソーシャル化しているという前提で、ソーシャルメディア時代におけるテレビCMとは、PRとは、どうあるべきかという風に考えるのが正しい解釈です。
私個人の解釈ですが、デジタルマーケティングの究極のゴールは、**「One to One マーケティングをマスレベルかつリアルタイムで行うこと」(それによってマーケティングを最大化すること)**だと思っています。DXが進んでいる企業は、この山頂に誰が一番最初に到達するかを競争しています。
例えば、イオンが行っているのは、すべてのIDを共通IDとして連携させ、CDPでデータを統合することです。これにより、誰がどの店にどれくらいの頻度で来て、どの商品をどれくらい買っているのかが全てデータとして溜まっていきます。そのデータに基づいて、適切なタイミングでメールや広告、レコメンデーションを送るなどの施策が可能になります。
今後は、店頭の天井や棚にもカメラがついていくと思います。スマホアプリなどで来客を把握し、「今、池田紀行さんはどこに歩いていっているのか、どこで足を止めたのか」といったことがリアルタイムで分かります。
One to One マーケティングをリアルタイムかつマスレベルで実行することがゴールだとすれば、「いつもこの商品を買っている人に対し、隣にあるこの商品も一緒に買ってみたらどうですか」というレコメンデーションを、その人だけにサイネージでリアルタイムに出すことだって技術上できるわけです。あるいは、「あなたにはポイントを今日2倍つけますよ」といったことを、その人だけに店頭で出すことだってできるわけです。
デジタルマーケティングとデジタルマーケティングコミュニケーションは、デジタルマーケティングの領域の中のマーケティングコミュニケーションであるという位置関係として理解しておいた方が良いと思います。部分最適ではなく、全体最適の姿勢を持ちながら、皆さんが任されている部分最適の業務を行っていく視点が大切だと思います。
8. デジタルマーケティングの真の強みと弱み
デジタル施策の効率性
戦後の50年間は、マーケティングコミュニケーションの施策が非常にシンプルでした(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、チラシ、DMなど)。そこに、わずか20年ちょっとでデジタルマーケティングコミュニケーション施策が増えていきました。
デジタルマーケティングの強みを考える時の重要な切り口は、お客様の時間軸です。スーパーやコンビニの商材は、ほとんどのお客様にとってニーズがオンの状態(今すぐ客)です。一方、掃除機や車、住宅といった商材は、常時ニーズはオンではありません。掃除機が壊れたタイミングでニーズが顕在化します。これがそのうち客です。BtoBもそのうち客だらけです。
ニーズが顕在化する瞬間、その人の初動の行動のほとんどは検索行動です。掃除機と検索すると、競合をひっくるめて皆で戦いが始まります。一方で、僕は掃除機が壊れた瞬間に**「ダイソン」と検索します**。圧倒的にブランド指名検索をしてもらった方が有利に決まっています。
デジタル施策の強みは、そのうち客が今すぐ客になったときのターゲティングなのです。リスティング広告は、**「この人は、掃除機に興味があります、今興味があります」**という最強の3つの要素を同時にターゲティングできるわけだから、効率がめちゃめちゃいいのです。多くのデジタルマーケティングコミュニケーション施策は、効果が高いというよりも、効率性がいいのです。
獲得(借り取り)と育成(ブランディング)のバランス
売上には「今日の売上」(獲得系、借り取り)と「明日の売上」(育成、ブランディング)という切り方もあります。デジタルマーケティングコミュニケーション施策のほとんどは、左側(獲得系、収穫)で成長してきています。ニーズが顕在化した顧客を、高精度でターゲティングし、できる限り安いコストで収穫する、コンバージョンすることが、デジタルマーケティングコミュニケーションの最も強みを発揮してきたところです。
一方、右側(将来的な売上を作る活動、育成)は、デジタル施策が隆盛を極める前は一生懸命やってきました。例えば、ダイソンのテレビCMは、今掃除機は要らないと思っている人たちに長期間見せることによって、ニーズが顕在化した3年後、5年後に「ダイソン」と無意識に検索させるという、右側(育成)で行われる活動です。
今、各社がデジタルシフトをして、右側で使っていた予算が左側(獲得系)に使われていっています。なぜなら、効果測定がめちゃくちゃ簡単だからです。しかし、左側はあくまでも収穫をしているに過ぎません。ブランド指名検索が減ってきている会社は、マーケターが左側ばかりに集中し、右側をやってこなかったからです。右側は効果が出るまでに時間がかかり、「今期なんぼ売上上がったの」と問われて明確に答えることが難しいからです。
デジタル施策は、多くは左側(獲得)に強みを持っていますが、右側(育成)の施策をデジタルか否かに関わらずセットで行っていかないと、この20年のツケが今、多くの会社で出始めており、各CPAが上がり始めているという問題が発生しています。
獲得系の施策(リスティング広告など)はコストとしてCPAなどで計算してよいのですが、CMのような投資は、今すぐ客の収穫だけでなく、そのうち客の認知、興味喚起、信頼度の向上にも寄与しています。この右側の施策(育成、ブランディング寄り)は、PL的な考え方ではなく、BS的な考え方で効果の検証をしていかなければいけないということです。
デジタル施策は、今すぐ客の効率的な収穫にものすごい強みを発揮する一方で、バランスよく施策を講じていないと、そのうち客の育成が手薄になり、結果的にCPA/CPCが上がり始めているという課題が発生していることは、認識しておくべきです。
9. 講座の総括と今後の予定
まとめと提言
今回のデジタルマーケティング連続講座のスコープは、このファネルマップの全体像で言うと、ピンク色の箇所(各論のテーマ)や、概論、ジャーニー、カテゴリーエントリーポイントなどのテーマを取り上げています。あらかた全体像も網羅できていると思いますので、是非皆さん、頑張って受講していってください。
まとめです。
- デジタルマーケティングではなく、デジタル時代のマーケティングを捉えていきましょう。
- デジタルで何でもかんでもできるわけではありません。ただし、今までやれなかったことがやりやすくなったのは事実です。
- デジタル施策は、ニーズが顕在化した顧客を効率的に収穫するところに強みは持っていますが、別の施策のところでそのうち客の効果的な育成ということをセットでやらないとデジタルだけではだめです。
- 行き過ぎたCPA思考は、ブランド指名検索を減らしてしまうリスクをはらんでおり、ブランド指名検索が減り始めている会社が増えているので注意してください。
これから残り15回、「面」を意識しながら「点」を学ぶということをやっていってください。
【宿題】(提出義務なし)
是非皆さんデジタルマーケティングが不得意なことって何か、を書き出してみてくれると、新たな発見があるのではないかと思います。