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公開日:2024年5月24日

マーケティングの学び方講座 必須スキルと“筋の良い”学習プロセスとは 振り返りレポート

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マーケティングの領域は広範囲で専門性が高いことに加え、テクノロジーの進化や消費者ニーズの変化を常に反映させる必要があります。
そのような背景から、基本の学び方を習得できる機会がなく、学び方や成長の迷子になってしまうマーケターが後を絶ちません。
マーケティングの学び方を身につけることが、効率よくマーケティングを身につけて、成果を出すことにつながります。

今回はマーケターに求められる知識とスキルの全体像や、マーケティングの何をどの順番で学ぶべきかの学習ステップについて解説します。マーケティングに関わる全ての方におすすめの講座となります。

※今回の内容は、2024年2〜4月にITmedia ビジネスオンラインで連載された「マーケティングの学び方を学ぶ塾」のトライバルメディアハウス代表 池田が執筆した原稿を、講義内容をふまえて再編集を行った特別版です。

マーケティング迷子の理由は“学び方を学んでいない”から

マーケティング初学者(特に熱心に勉強する人)の多くが樹海や迷宮に入り込み、迷子になってしまう最大の要因は、マーケティングを学ぶ前に「学び方を学んでいないから」です。

算数の学習をすっ飛ばして数学が学べますか? 無理ですよね。多くの学問は積み上げ型です。受験科目が1科目しかない国家資格がありますか? ありませんよね。責任のある専門領域を担うために必要な国家資格は、大半が5~10科目を体系的に学び、関連領域を含めてマスターしなければなりません。

かたや、広告宣伝、広報PR、マーケティングに従事する人は、どんな学び方をしているでしょう。

マーケティング学習の3つの罠

マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマってしまう3つの罠があります。

一つずつ見ていきましょう。

マーケティング学習の罠(1)基礎学習を飛ばしてしまう

一番の問題がこれです。新しい概念や施策・流行っているもの・具体的なノウハウや(ラクして成功できそうな)Tips・話題の成功事例にばかり飛びつき、基礎となる理論や原理原則を学ぼうとしない方は少なくありません。

基礎を飛ばしてしまうことで生じる問題は以下の5つがあります。

一つずつ解説します。

基礎学習を飛ばすことの問題点① 一生懸命頑張っているのに、できるようにならない

突然ですが、僕の趣味はウィンドサーフィンです。サーフィンのボードにヨットの帆みたいなものが付いていて、風の力で海面を進む(サーフィンと比べてだいぶマイナーな)マリンスポーツです。鎌倉や逗子の海岸に遊びに来たことがある方は見たことがあるかもしれません。

ウィンドサーフィンもヨットも風の力だけで進むため、風向きによって進むことができる方向が変わり、デッドゾーンと言われる風上45°の方角には進むことはできません。

ただし(よくできているもので)ちゃんとした知識と技術があれば、クローズドホールドという方向に限り、風上にも進むことができます。目的地に着くため、または出発地点に戻るためには、ほぼ確実に「風上にのぼる」必要があります。そして、風上にのぼるためには、デッドゾーンには「何をどうしようと進めない」という原理原則と、風上(クローズドホールド)にのぼるために帆をどの角度で保つべきか、足の荷重はどうすべきかなどといった操舵理論が頭に入っていなければなりません。知らないことは実行できず、実行できなければ風上にのぼれず浜や岸に帰ってこられなくなるため、スクールでは必ず最初に「風の基礎知識」を学びます。

マーケティングも同じです。

マーケティングの目的は「お客様に買っていただくこと」ですから、相手(対象)は人間です。人間は、どんなときに、どんな商品やサービスが欲しくなり、逆に、どんなとき、どんな商品やサービスには興味を持たないのか。広告宣伝やPRやSNSなどのマーケティングコミュニケーションは、商品やサービスを買っていただくために、お客様の意識と態度を変え、時として行動を変えられるようになることがゴールです。これらの領域には数多くの先人が膨大な時間と労力を費やし、構築してくれたマーケティングを行う上での前提条件(「できること」と「できないこと」)や、成功の確率を上げ、失敗の確率を下げるための理論が存在します。

これらを学ばず、根性論で頑張ったところで、うまくいく可能性は低いのです。

基礎学習を飛ばすことの問題点② 再現性を高められない

原理原則や理論を学ばずとも、現場での数多くの実践をしていれば、「思っていたよりもうまくいった!」という経験を持っている方も少なくないでしょう。

しかし、その「成功」を再現する(別の機会にもう一度成功させる)ことはできますか?

成功にも失敗にも、パターンや法則があります。それが体系的に整理・構築されたものが様々なマーケティング理論です。

なぜ成功したのか? 何が効いたのか? 他のケースでも使える成功(または失敗の)本質は何だったのか?

これらが言語化できないということは(仮に施策が成功したとしても)ビギナーズラック・ラッキーパンチ・時の運・偶然の域を出ておらず、安定的な打率で施策を成功させなければならないプロのマーケターとしては失格と言わざるを得ません。

プロの条件は、安定的な打率で再現させることができるかどうかであり、そのためには言語化するための基礎知識が必要不可欠なのです。

基礎学習を飛ばすことの問題点③ 人を育てられない

あなたがまだ「教えてもらう」側であれば問題ありませんが、歳を重ね、チームを率いていく立場になったとき、言語化できないことが大きな問題を生むことになります。

それは、基礎知識を持っていない人の話は冗長で分かりづらいということです。

なぜうまく行ったのか? なぜうまく行かなかったのか? うまく行くためには何をどうするべきなのか? それはなぜか? などを過去の経験や表面的にさらった情報でしか説明できないのです。

的を射ていない、または物事の本質を捉えていない表層的な説明や教育・指導で、後輩マーケターを育てることは至難の業です。まさに「見て盗め!」の世界になってしまうわけですが、マーケティング業務の多くは「考えること」ですから、見て盗めるようなものでもありません。

若いマーケターを育て、強いチームを作るためには、体系的に、論理立てて、適切な言葉で説明してあげられる言語化スキルが必須であり、それは基礎知識の有無に強く影響を受けるのです。

「うまく言えないけど」と前置きして、曖昧なまま相手に伝えてしまった経験はありませんか。これは、実は「答えがあるけど上手く言葉にできなくて話せない」のではなく、頭の中が整理できていないから、話すこともまとまっていないというのが正しい表現です。基礎学習を通じた知識がないと、頭の中がまとまらないからうまく伝えられないのです。

基礎学習を飛ばすことの問題点④ 陳腐化するスピードが早い手法に振り回される

検索順位を上げるSEOテクニック、CPAを下げる広告運用ノウハウ、InstagramやYouTubeの最新アルゴリズム攻略Tipsなど、多くのマーケターは「誰にでも」「それほど苦労せず」「すぐにできて」「確実に成果が出る」「答え」を探す傾向があります。

しかし、それらはマーケティング全体から見れば極めて局所的かつ表層的なものに過ぎません。なにより、SEOテクニックも、デジタル広告の運用ノウハウも、SNSの最新アルゴリズムも、検索エンジン対策も、メディア、消費者、プラットフォーマーの変化が激しく、最新だったものがすぐに古くなってしまいます。古くなるどころか、時代の変化と共に形勢そのものが大きく変わり、蓄積してきた経験やノウハウが役に立たなくなってしまう可能性すら否定できません。

目に見える「具体(ノウハウやTips)」は、誰でもわかりやすく、短期的視点でのパフォーマンスを向上させることには役立ちます。しかしその分、陳腐化のスピードも早いことも自覚する必要があります。

このような短期的に結果が出るノウハウやTipsは収集が容易であり、競合も大体同じような情報を持っていると思ったほうがよいでしょう。すぐに効果が出せるTipsは、競合が使っても同じなのです。

一方で、それら「目に見える」「具体(ノウハウやTips)」の根幹にある原理原則はそうそう変わるものではありません。サバを使ったレシピは日々増えるものの、サバの捌き方は時間を経ても変わらないことと同じです。マーケティングは人間の欲求に対するアプローチですから、その根源となる考え方は数十年で変わることはありません。だからこそ、原理原則という基礎を学ぶことが必要なのです。

基礎学習を飛ばすことの問題点⑤ 変な癖がついてしまうことで成長が妨げられる

ここで再度個人的な趣味の話を。

最近はほとんど行っていませんが、以前、僕はゴルフにドはまりしていました。毎週のように打ちっぱなし(練習場)に行き、300発も400発も打ち込んでいたのですが、そこには必ずと言っていいほど「独特なスイング」をする方がいました。球は前に飛んでいるし、そればかりか「それなりに上手」です。しかし、とにかくスイングが独特なのです。

僕は、そういった方を見て毎回(失礼ながら)「ああ、最初にキチンとしたレッスンを受けなかったんだな」と感じていました(それでも、少なくとも僕よりはスコアは良いのでしょうけれども……)。

陸上競技もゴルフも水泳も、あらゆるスポーツで活躍する第一線のプロは、みんな「フォーム」がほぼ同じです。もっと早く、もっと正確に、もっと持続可能な状態でパフォーマンスを出すために、ありとあらゆる選択肢を試し、行き着いた先があれらの「共通化されたフォーム」であり、「型」なのでしょう。

「型」を学ばずとも、見様見真似で数多くの経験を踏めば、我流でも「一定のレベル」までは上達します。しかし、プロの世界は零コンマ数秒や1点差で勝敗が決するシビアな世界です。その競争に勝つためには、一切の無駄を排除した「正しい型」の上に自身の特性に応じたチューニングが施されている必要があります。

マーケティングは実践学ですから、理論や原理原則なんて知らずとも、成果さえ出せればいい世界とも言えます。しかし、もしあなたがマーケティングの第一線で活躍し続けるハイパフォーマーになりたいのなら、そこでの戦いは我流では立ち行きません。

プロのスポーツ選手同様、型を学び、完璧に習得した上で、オリジナルの強みやノウハウを形成していかない限り、早晩必ず限界がやってきます。言い古された表現ですが、高く頑丈な建造物を建てるためには、正確かつ強い土台(基礎工事)が必須なのです。

以上が、マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマる3つの罠の1つ目「基礎学習を飛ばしてしまう」ことの問題点です。

マーケティング学習の罠(2)学習する順番を間違える

マーケティング学習の罠の2つ目は、学ぶ順番を間違ってしまうことです。

応用や実践編の前にまず基礎を徹底的に学ぶことが大事なことは前述した通りですが、ここでお伝えしたいのは難易度に合わせた学ぶ順番です。

基礎や理論が大事とはいえ、いきなり700ページを超えるコトラー&ケラー&チェルネフ著『マーケティング・マネジメント』(丸善出版)に手を付けても、高い確率で理解できずに途中で挫折してしまいます。

マーケティング初学者は、「難解」かつ「完全網羅」から入らず、「平易」かつ「ざっくり全体感」から入りましょう。私がお勧めしている学び(主に読書)のステップは次回で詳しくお伝えします。

マーケティング学習の罠(3)体系を意識しない

マーケティングを学ぶとき、多くのマーケターがハマる3つの罠の最後は体系を意識しないことです。マーケティングは幅が広く、ひとつひとつの奥が深いため、全体の体系を意識しながら学ばないとすぐに自分が「どこの何」を学んでいるのかがわからず、迷子になってしまいます。

ここで言う体系とは、例えば以下のエンジンが完成するまでの全体工程のようなものです。マーケティングもこのようにさまざまな要素が構造を成しています、このように体系を俯瞰して見ると、自らが取り組んでいるのは特定の一部分であることがわかりやすくなり、工程にエラーが起こっているときに原因を特定する難易度もぐっと下がります。

このように、迷子にならないためには、常に全体感を意識しながら学ぶことが大切です。巷には、個別の詳細課題を解決するためのノウハウやTipsが溢れています。それらを地上1.5mの視座で目に入った順に拾っていくのではなく、地上1,000mの視座から全体を俯瞰して眺め、必要な情報を必要な場所に整理しながら格納していくイメージを持ちましょう。

そのためには頭の中に「この情報はここ、こっちの情報はここ」と整理するための「棚」が必要です。引き出しにどんなラベルを貼るか・格納する情報をどのように括るかという設計(例:広告とPRと販売促進は「マーケティングコミュニケーション」で括られている)と、引き出しの中の区切りや仕切り(例:戦略、リサーチ、広告など)を実務で引き出しやすくなるように行うためには、個別理論を学ぶ前に全体感を把握することが欠かせないのです。

以上、マーケティング学習で陥りがちな罠の3つを解説しました。基礎を身につけること、順番と体系を意識することの必要性が伝われば幸いです。

ここからは、具体的にマーケターはどのようなスキルと知識を身につけるべきなのかについて解説します。

マーケターに求められるスキルと知識

スキルと知識は違います。スキルとは「熟練した技術」を指し、知識とは「ある事項について知っていること」です。マーケティングは結果がすべてですから、「知識なんてなくても、成果を出せればいいんでしょ!」と思ってしまいがちですが、それではいけません。

プロは安定的かつ再現性高く成果を出せなければなりません。そしてそのための「熟練した技術(=スキル)」の大半は、正しい知識がベースにあって初めて熟達の域に達することができます。

その視点から、「マーケターに求められるスキルと知識」を考えたとき、以下のマンダラチャートのようにまとめることができそうです(マンダラチャートは、大リーグで活躍する大谷翔平選手が高校時代に目標管理シートとして活用していたことで再注目されるようになりましたよね)。

マーケターのスキルと知識は、マンダラチャートの形式に沿い、3階建ての建物としても捉えることができます。

3F:実践スキル

3階部分は「実践スキル」です。目の前には(売りたい/お客さまに買っていただきたい)具体的な商品やサービスがあり、お客さまがいて、競合がいて、解決すべき課題があります。この状況を打破して売上をあげるために、思考し、戦略を立て、実施施策を企画検討し、準備し、実行し、成果を出さねばなりません。

この実践スキルは、さらに3つに分解できます。

3F-1.論理的思考力

限りがある経営資源(予算、人的資源、時間など)で競合と戦い、成果を出すためには戦略が必要です。戦略を練るためにはさまざまな情報を大局的に分析し、思考を巡らせなければなりません。その思考の質を決めるのが論理的思考力です。

「今回の戦略は、なんとなくこんな感じかな! 根拠はないけど!」では困ります。戦略を絵に描いた餅にしないためには、戦略の4要素、つまり実行可能・実現可能・計測可能・再現可能にしなければならず、そのためには論理的思考による「筋」を通す必要があります。

論理的思考力は次に続くプランニングやクリエイティブの成否を決める重要な思考スキルなのです。

3F-2.プランニング力

論理的思考力によって「筋の良い戦略」が描けても、そこで導き出されるのは「解決すべき真のイシュー」「狙うべき顧客と、真のインサイト」「誰とどのように戦うのか(または誰とは戦わないのか)」などであり、「で、具体的には何をどうすればいいの?」に代表される「具体策」はプランニング力にかかってきます。

かつては「ワン・ビッグ・アイデア」さえあれば、それを立脚点にしてキービジュアルを制作し、マス広告を打ち、あとは店頭を支配すれば売れる! といった時代でしたが、今はそうではありません。ターゲットインサイトを正しく分析・把握し、現状の課題(理想と現実のギャップ)を解決する立体的な企画を立て、緻密なコミュニケーションを実行しながら、PDCAによって最適化を繰り返す必要があります。

これらの戦術と実行計画を練り上げるのがプランニング力です。先の論理的思考力とはまた別の「柔らかい頭」が必要と言えるでしょう。

3F-3.クリエイティブスキル

マーケティングは必ず「向こう側」にお客さまがいます。お客さまに自社が伝えたいことを伝える、または「伝える」ではなく「伝わる」ように情報を設計するためには、最適な「表現」が必要です。

俗に「表現戦略(≒クリエイティブ戦略)」と言われるこの領域は、コピーライティング・グラフィックデザイン・CM制作などだけでなく、「誰に何をどのような表現で伝えれば伝わるのか」という領域までにじむこともしばしばです。そういった意味で、広義のクリエイティブはプランニングとの重複が大きく、狭義のクリエイティブは「表現物の企画・制作」と分類しても良いかもしれません。

いずれにせよ、お客さまに価値を伝えるためには必ず「表現」を「媒体」に乗せて届ける必要があります。高度な専門スキルですから、皆が皆アートディレクターやクリエイティブディレクターのような領域までは到達できませんが、少なくとも「どんな表現であるべきか」「それはなぜか」「(具体的な表現物を見たときに)良いか悪いか」を論理的に会話することができる批評力は持ち合わせていなければなりません。

決して「俺(私)はこっちの方が好きだな〜」などと個人の主観や好みで会話をしてはなりません。クリエイティブは、マーケティング上の課題を解決し、売上をあげるための重要ファクターです。「自分はセンスが無いから」「ここはプロに任せて…」と逃げず、論理的にクリエイティブと向き合えるスキルを磨かなければなりません。

2F:ベーススキル

2階部分はベーススキルです。いくら論理的思考力、プランニング力、クリエイティブスキルが高くても、この2階部分のベーススキルが足りないと持続可能な状態で大きな成果を出し続けることはできません。

なぜなら、マーケティングはほぼ確実に複数の専門スタッフがチームを組んで業務に当たるからです。

特に大きなプロジェクトになれば、営業・ストプラ(コンサルタント)・リサーチャー・プランナー・クリエイティブディレクター・各種制作進行ディレクター・メディアプランナーなど複数の専門スタッフがいて、さらにその先にリサーチ会社・制作会社・イベント会社・PR会社・各メディアなどの外注パートナーがいます。

これら大所帯の中でキッチリと自身の役割を果たすためのスキルが2階部分のベーススキル(≒ゼネラルスキル)です。

2F-1.プロジェクトマネジメント力

マーケティングに関わるプロジェクトは、対峙する市場や市況・消費者・競合・有効な打ち手の変化が激しいため、戦略も実行施策も同じものはひとつとなく、すべてがフルカスタマイズで、かつプロジェクト進行中も与件や環境変化に対応すべく常に動的に変化します。

そんな状況下で「良い仕事」をするためにはプロジェクトマネジメント力が欠かせません。複数のプロフェッショナルを束ねるプロジェクトマネージャーであればなおさらですが、メンバーを束ねる責任を負っていないスタッフであっても、常に状況が変化する中で業務を推進する仕事の段取り力や、先々発生しそうなリスクが顕在化する前にあらかじめ潰し込んでおくリスク察知能力、そして数ある外注パートナーに思い通りのパフォーマンスを発揮してもらうためのディレクション力など、プロジェクトマネジメント力に必要なベーススキルは必須といえます。

ここで無視できないのが、安定したメンタルと健康な身体です。「マーケターに必要なスキルと知識」なのに「メンタルと体力?」と思われるかもしれませんが、これが意外に重要なのです。

マーケティング業務に限った話ではありませんが、仕事には必ず納期があります。単に納期を守れば良いだけでなく、期待される水準ないしそれを超える品質を担保した上で期限に間に合わせる仕事運びが求められます。

そんな中、たびたび体調を崩して会議を欠席したり、それゆえ品質も落ち、納期も守れない人に重要な仕事を任せられるでしょうか。また、チームで仕事をするのに、いつも不機嫌で不平不満を言っていたり、メンタルの波があると他のメンバーは気を遣って気持ちよく仕事をすることができません。

このように、マーケティング業務のパフォーマンスは、論理的思考力、プランニング力、クリエイティブスキルが直接的に影響を与えますが、それらをいかんなく発揮するためにはプロジェクトマネジメント力が必要で、そのプロジェクトマネジメント力を支えるのがもうひとつのベーススキルであるコミュニケーション力です。

2F-2.コミュニケーション力

コミュニケーション力には2つの側面があります。ひとつは、俗に言うコミュ力、つまり対人コミュニケーションを円滑に進められる力です。もうひとつは、わかりやすさや説得力としてのコミュニケーション力で、これら2つは少し違うスキルや知識に支えられています。

ひとつめの対人コミュニケーション力は、人と気持ちよく仕事を進められる(いわゆる)コミュニケーション力です。いつも明るく笑顔・大きい声・滑舌の良い話し方・相槌がうまく聞き上手・あいさつをする・感謝を述べる・謙虚などが代表例です。IQ(頭の知能指数)に対して、EQ(心の知能指数)とも言われます。

もうひとつが、わかりやすさや説得力を支える言語化力やプレゼン力です。誤解されがちですが、説得力のあるプレゼンは「話し方がうまい」のではなく(それもありますが)、話が論理的だったり、相手が疑問に思っていそうなことを察知し、適宜補足説明を加えることができる言語化力に支えられています。

マーケターが仕事をする上での「わかりやすさ」や「信頼感」は、単に「人当たりが良い」だけで獲得することはできません。そしてその「わかりやすい」ことによる「信頼感」は、1F部分に支えられているのです。

1F:基礎知識(+素質・素養)

3階と2階の話は、要素や説明の仕方は違えど、さまざまなところで論じられてきたことであり、特段新しいことはなかったと思います。

この章で私が一番お伝えしたかったメインディッシュ(一番の主張)は、3階と2階を支えるのはこの1F、つまり基礎知識(+素質・素養)であることです。

1F-1.実践知識

2-3F部分のスキルを総動員してマーケティング実務で成果を出すためには、実践知識を有していなければなりません。なぜなら、知らないことは考えられず、考えられないことは実践できないからです。

たとえば、PESO(Paid Media:広告、Earned Media:PR、Shared Media:ソーシャルメディア、Owned Media:Webサイトなど)に関する正しい知識を持ち合わせていなければ、どんなときに広告が効き、どんなときに広告は効かないのか。あるいはソーシャルメディアで「できること」と「できないこと」は何で、どんな課題解決と相性が良く、逆にどんな課題解決とは相性が悪いのかなどを正しく判断することができません。

それゆえ、実践知識のインプットに対するニーズは大きく、世には数多の「教育コンテンツ」が存在します(例:業界メディアの記事、YouTube動画、業界各社が提供するウェビナー、書籍など)。

しかしここに罠が隠されています。

スマホやSNSが普及したことにより、人間の「せっかち度」は年々急速に進展しています。1.5倍速で動画を見て、短尺動画をつまみ食いする。思考を深めるための概念や理論は疎んじられ、事例に(ヒントではなく)答えを求める。

この世に「誰でも、簡単に取り組め、すぐに、必ず成果が出る方法」などありません。持続可能かつ高い再現性を担保するためには、実践知識を学ぶにも、パターン・法則・規則性を抽象化した「理論」を学ぶ必要があり、そのためには「きちんと整理された書籍を読むこと」が最良の手なのです。

1F-2.理論知識

私が最も強く主張したいのが、この理論知識を学ぶことです。多くのマーケターは、実践知識を学びません(学んでいるつもりでもそれは上っ面をさらっているだけです)。そして、比較的実践知識をきっちり学ぶ人でも手を付けないのが、この理論知識の習得です。

マーケティングの相手は人間ですから、マーケティングの目的は「人間の営みを科学し、再現性を高めること」と言い換えることができます。そしてその人間の営みにおけるパターン、法則、規則性を過去数十年にわたって研究し、体系化されたものが「理論」です。

1F-1の実践知識のほぼすべては、この様々な領域の理論の上に立脚しているものです。すべてのベースであり、「型」がここに凝縮されているのです。

長年、マーケティングの現場で活躍している一流マーケターは、ほぼ例外なく理論を学んでいます。抽象度の高い理論や概念を熟知しているからこそ、時代や業界の変化に合わせて実践知識を正しく上書きすることができ、安定的に成果を出すことができるのです。

こういうことを言うと、「理論に詳しくたって実務ができない奴はごまんといるじゃないか」という声が出ますが、それは因果が逆です。理論を知っていればマーケティングで成果を出すことができるのではなく、マーケティングで成果を出し続けている人はすべからく理論を学んでいるのです。

理論の知識は複利で効きます。正しく、体系だった理論知識をできる限り若いうちに学ぶことで脳内に正しい整理棚をつくり、入ってくる情報・知識・経験にレバレッジが効くようになります。

マーケティング実務者は、できる限り早い段階で理論を学ぶべき。これが私の「学び方を学ぶ」最大の主張です。

1F-3.素質・素養

マンダラチャートの最後は、素質・素養です。スキルや知識とは毛色が違いますが、決して無視することができない重要な要素です。

先にも述べた通り、マーケティングの相手は人間です。そして、その人間は、時代や環境とともに早いスピードで変化します。マーケティングは「お客さまに買っていただくこと、および買い続けていただくために行う全事業活動」ですから、相手や環境の変化にフィットさせ続けなければなりません。そして、そのためには、自分自身が「おおいなる消費者」である必要があります。

「なぜこの商品はこんなに売れているのか(売れていないのか)」「なぜここにこんなお店ができたのか(撤退してしまったのか)」「なぜPB(プライベートブランド)の方が価格が安いのに、多くの人はNB(ナショナルブランド)を買うのか」「なぜ人は言っていること(こんな商品が欲しいと言う)と、やっていることが違うのか(言ったのに実際は買わない)」―――。

すべての人において1日は24時間で、大半のマーケターの所定内労働時間は1日8時間です。仕事をしている時間だけマーケティングのことを考えている人と、プライベートな時間も、休日も、あらゆるシーンで「勝手に “なぜなぜ” と考えてしまう人」のどちらが高いマーケティング思考を手に入れることができるか、いわずもがなでしょう。

マーケティングにセンスは必要ありません。正しく言えば、水野学著『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)です。一方で、そのセンスを磨くための知識を学びたい、さらに言えば、学ぼうとしなくても勝手に学んでしまう素質と素養を備えた人こそが、真にマーケターに向いていると言えるでしょう。

それぞれに「知る→わかる→できる」がある

ここまでマンダラチャートに沿って解説をしてきましたが、誤解しないでいただきたいのは、1F部分の実践知識や基礎知識だけでなく、2Fのプロジェクトマネジメントやコミュニケーションスキル、3Fの論理的思考、プランニングスキル、クリエイティブスキルすべての領域で、再現性を高める理論や法則が存在するということです。

座学で学ぶべきは1F部分だけでなく、2Fも3Fもしっかりした「型」を学んだ上で実践し、振り返る。

読書家として知られる株式会社星野リゾート代表取締役社長の星野佳路さんは、中沢康彦著『星野リゾートの教科書』(日経BP)の中でこう述べています。

教科書通りに判断したにも関わらず成果が出ないときもある。しかし、それでも最初の一歩としては正しく、そこから戦術を調整すればいい。何の方法論も持たずに飛び出すのに比べて、教科書に従えばはるかにリスクを減らせるのだから、まず教科書通りやってみる。それが大切だと思う。

(中略)

教科書に沿って経営判断した結果、すぐに良い結果が出始めた時もあれば、成果が現れるまで工夫を繰り返し、時間を必要としたケースもあったが、私が過去に選んだすべての教科書はみちしるべとして役に立った。

自分の直感力を信じられない時に、教科書は自らの経営判断の根拠となり、自信を持って頑張る勇気を与えてくれるのである。

出典:中沢康彦著『星野リゾートの教科書』(日経BP)

教科書どおりにいかないとき、教科書が悪いのではなく、教科書どおりに実践できていないことに問題があると考える。

ひとりのマーケターが1回の人生で到達できる世界など、たかが知れています。だからこそ先人から学ぶ。徹底的に学ぶ。その上で実践に実践を重ねながらチューニングを繰り返し、自身のビジネスにフィットさせて行く。

これこそが、不確実な時代における最短かつ最速の道なのだと思います。

まとめ

  • マーケティング学習には「基礎を飛ばしてしまう」「学習する順番を間違える」「体系を意識しない」という3つの罠がある
  • 基礎を飛ばしてしまうことで「頑張ってもできるようにならない」「再現性が高まらない」「人を育てられない」「陳腐化する手法に振り回される」「変な癖がついて成長が妨げられる」のような悪影響を及ぼす
  • 体系を意識することで迷子になることを防ぎ、今学習していることが全体の中の何を学んでいるのかが分かる。実務力を上げるためには、頭の中に「棚」を作り、体系に基づいた棚とその中に各論や手法を入れておくことが求められる。そうすることで、実務で必要になったときに必要な知識を引き出すことができる
  • マーケターに求められるスキル・知識をマンダラチャートで分類すると、3F部分が「実践スキル」、2F部分が「ベーススキル」、1F部分が「基礎知識(+素質・素養)」となる。すべてのスキルや知識に「型」と言えるものが存在しており、体系を掴んでから各論を身につけることが必要
  • 教科書通りにいかないとき、教科書が悪いのではなく、教科書どおりに実践できていないことに問題があると言える。先人から学び、型を身につけ、実践を重ねながらチューニングをしていくことが成長の近道となる

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