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公開日:2024年6月28日

マーケティング戦略理論講座 事業領域の選択 企業のアイデンティティをどう形成するか 振り返りレポート

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『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ)を教科書に用いた連続講座の第3回です。マーケティング従事者がおさえておくべき基本理論について、本書の各章ごとに解説します。

今回の対象範囲は以下のとおりです(第Ⅰ部第3章)。

▼今回取り上げる内容
・事業領域の定義
・事業多角化の基本方針
・企業アイデンティティと企業イメージ
・企業イメージの形成と構造
・企業戦略とマーケティング

具体的な解説は本書に譲るとして、おさえておくべき内容を中心にまとめました。今回のポイントは事業領域のことを表すドメインと多角化です。

1990年から2000年の間、多くの企業が売上一兆円をめざすための10カ年計画を立てていました。PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)やアンゾフの成長マトリクスといった基本のフレームワークにしたがって成長が実現できた企業が現れたものの、多角化を行った結果「なんの企業なのか」というアイデンティティを示す必要性が求められました。ドメインやマーケティング・マイオピア、多角化というキーワードとともに、その背景を中心に解説します。

マーケティング戦略〔第6版〕 (有斐閣アルマ) 和田 充夫 (著), 恩藏 直人 (著), 三浦 俊彦 (著) Amazon.co.jpで購入する

企業ドメインとは

企業ドメインとは、以下の通り定義されます。

ドメインとは、「私たちの会社はここからここまでの範囲における事業を行っていく」を規程することと考えられます。

ドメインは『マーケティング戦略』において、以下のように図示されています。

具体例を挙げると、トヨタ自動車は顧客ニーズもあらゆる生活者を対象にしており、それを実現しうる技術や生産能力を持つことから、自動車市場すべてをカバーする経営を行っています。一方で、BMWは顧客ニーズや顧客集団を限定しており、明確に自社の生存領域を「スポーティな高級車」のように絞っていると言えます。

ドメイン設定の必要性について理解を深めるために、「マーケティング・マイオピア」について解説します。

マーケティング・マイオピアとは、企業が自らのドメインを狭く捉えてしまうことで、市場機会を逃してしまう近視眼的な状態に陥ってしまう状態を表します。

1960年代に存在していたある米国の鉄道会社は、自らのドメインを「鉄道事業」だと捉えていました。自動車や航空機などの移動・運輸技術が発展したことによって、鉄道事業を自らのドメインとしていたこの鉄道会社は衰退に追い込まれてしまいます。

一方で、現在の日本の鉄道会社はより広いドメインを設定しています。住宅・駅ビルの開発・駅に隣接するショッピングモールの開発・レストランやゴルフ場の運営・クレジットカードなどの金融事業など、幅広い事業を行っています。このような事業を行っている鉄道会社のドメインはもはや「鉄道事業」ではありません。たとえば、東急グループはコーポレートサイト内で「美しい生活環境を創造する」と記載しています。

ドメインをこのような抽象的な範囲として設定することで、東急グループが住宅や駅ビルの開発を行うことは自然な事業活動であることになります。東急グループが自らのドメインを「鉄道事業」としていたならば、これらの事業を行うことはなかった(多角化による事業成長を実現させることはできなかった)でしょう。

このように、ドメインを狭く捉えすぎると事業機会を逸してしまうということがマーケティング・マイオピアにおける考え方です。とはいえ、限りがある経営資源を効果的に使い、ドメインを拡張するため、どのような事業に取り組むのかを検討するためのフレームワークとして前回の「アンゾフの成長マトリクス」や「PPM」があります。

多角化はどのように行われるのか

ドメインの拡張や多角化における考え方はどのように変化したのでしょうか。歴史で考えてみましょう。

バブル経済によって多くの企業が成長していたときは、さらなる成長のために投資を行うこと、そしてリスクを分散するために多くの事業に手を出していました。

資産や資源を分散させることで、一つの事業の業績が悪化したときに、経営に及ぼす影響を小さくすることができます。バブル時代においては、食品メーカーがゴルフ場の運営を行うなど、本業と関連しない多角化が進むこともありました。

そしてバブルが崩壊すると、多くの企業が本業への回帰を強いられることになりました。多角化した事業は撤退や売却が行われ、選択と集中が進んでいきます。しかし、選択と集中を行うことは容易ではありません。

(分散化した事業をコア事業に集中することで)コア事業の業績が万が一悪化したときの経営リスクは増し、終身雇用前提で採用している社員の解雇はできず、新しい領域に挑戦しないという見られ方をする(成長しないのではという疑惑を招く)ことで人材の流出が起こり、同様に株主から言及されるリスクなどが存在します。

企業が大きく成長するためには一つの事業だけではなく、複数の事業に取り組むこと(多角化)は欠かせません。バブルの崩壊を機に、シナジーを意識した多角化が本格化することになります。シナジーの定義は以下のとおりです。

そして、このシナジーが発揮できる多角化には大きく3つの方向性が存在します。

教科書の『マーケティング戦略』ではあまり触れられていませんが、多角化のポイントを学ぶには垂直統合多角化についての理解を深めることが効果的です。

垂直統合多角化とは、商売の一般的な流れである仕入れ→本業→販売における、仕入れ(川上)・販売(川下)のいずれか、あるいは両方を統合するような多角化のことを指します。

たとえばユニクロはSPA(製造小売業)と呼ばれ、生産から販売までを一気通貫で行っています。中心にある事業の業績がよければ利益最大化につながる垂直統合多角化ですが、逆に悪化したときに赤字が膨らみやすいことがデメリットであると言えます。

どうしてそのようになるのかを理解するために、組織取引と取引コストを理解しておきましょう。

取引には大きく市場取引・中間取引・内部(組織)取引の3種類が存在します。組織取引とは、取引時に情報探索を行い、取引相手の比較をして絞り込みを行い、契約に関する交渉を行ってから受発注を行うものです。市場取引はもっともコストがかかる取引です。ここで言うコストとは金銭的なものだけではなく、時間や人員の稼働など総合的なコストのことを指します。

市場取引は情報探索コスト・交渉コスト・クオリティコントロールを行う監査コストなど、まったく異なる外部の組織と取引を行うからこそ大きなコストがかかります。反復や長期で取引を行うことで、このコストは低減します。

中間取引とはパートナーシップや戦略提携のことを指します。市場取引は単なる受発注であるものの、取引を行う両社の関係をより近いものとし、双方がWin-Winとなることをめざす座組みとなります。

そして、外部組織と取引せず、すべて内部で完結することを内部取引と言います。市場取引→中間取引→内部取引といったように、内部取引に近づくほど、取引コストは少なくなります。その代わり、業績にインパクトを与える内部化のコスト(内部化した組織を維持するためのコスト)が発生します。垂直統合を内部取引で完結すると、業績悪化時に赤字のリスクが大きくなるのはこのためです。

近年は、多くの企業が中間取引でビジネスモデルを構築する企業が多いと池田は言います。市場取引はコストが高くなり、内部取引は事業悪化時のリスクが大きくなるため、両方のリスクを回避し、効果的に事業成長を叶えるためです。たとえば、セブンイレブンの流通(店舗への配送)を担っている企業や、日配食品(コンビニのおにぎりやお弁当など)を製造している企業はセブン&アイグループの企業(内部取引)ではありません。このように、多くの企業とパートナーシップを結ぶことで、取引コストを最小限にしながら、両社がWin-Winになるような座組みに取り組んでいることが特徴的です。

多角化には、垂直統合多角化の他に、集約型多角化・連鎖的多角化が存在します。両方とも、コア事業や他の事業とのシナジーが発揮できるようになっている考え方です。

多角化が進んだ先に求められる企業のアイデンティティ

多角化が進むと、生活者の目から見てどういった企業なのかということがわかりづらくなってしまいがちです。要するに、「いろいろやってるのはわかるけど、結局なんの会社なのか?」と思われてしまうということです。

どういった会社なのかというアイデンティティを示すことは、会社の外にいるステークホルダー(顧客・株主・パートナーなど)との関係構築をスムーズにすることはもちろん、一番のステークホルダーである社員との関係構築にも欠かせません。

企業イメージの向上は、単なる顧客に対してのブランディングとして捉えるべきものではありません。ステークホルダーすべてを対象とすべきものであり、より広義なものです。

一方で、多くの事業を行っているほど企業イメージの形成は容易なことではありません。商品・サービスではなく、企業そのものを訴求している動画を例としてご紹介します。どうしてそのようなクリエイティブになっているのか・どんな会社であると伝えたいのかという観点で見ることをおすすめします。

東レの2022年のCM
https://www.youtube.com/watch?v=wiPrHuJVaEE

企業広告 TVCM「内視鏡AI診断支援技術」篇/富士フイルム
https://www.youtube.com/watch?v=BKzBt8bTjIE

【企業広告】TVCM「MOVE」篇 30秒(本田技研工業)
https://www.youtube.com/watch?v=_oOoYBHcq20

SHISEIDO 150周年企業広告 CM 「美しさとは、人のしあわせを願うこと。」篇 30秒
https://www.youtube.com/watch?v=vpznYPGCo6o

まとめ

  • 企業が成長するためには多角化が欠かせない。自社が事業を行う範囲や領域を規定するドメインは、小さく設定してしまうとマーケティング・マイオピア(近視眼的なマーケティング)に陥ってしまうリスクがある
  • バブルによって、企業が多くの事業にリスク分散のために投資を行い事業成長を実現させたが、バブル崩壊によってコア事業への回帰が促進され、事業の選択と集中が進んだ。しかし、選択と集中にも一定のリスクが存在している
  • バブル崩壊後の多角化は、既存事業とのシナジーがいかに発揮されるかが重要な軸となっている。そして、多角化を行うためには取引が欠かせない。取引の種別には市場取引・中間取引・内部取引があり、内部取引に近づくほど取引コストは下がるが、内部化することによって維持するコストが高くなるため、業績悪化時のリスクは大きくなる
  • 多角化が進むと「何の企業なのか」というアイデンティティを企業の顧客以外も含めたステークホルダー全体に示していくことが求められる。顧客以外のステークホルダーとは、社員や採用候補者、株主など社会全体を含んだ広義の概念である

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