マーケティング戦略理論講座 競争分析 競争はどのようにして起こるのか 振り返りレポート
『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ)を教科書に用いた連続講座の第7回です。
マーケティング従事者がおさえておくべき基本理論について、本書の各章ごとに解説します。
今回のテーマは「第6章 競争分析」です。(第Ⅱ部 第6章)
▼今回取り上げる内容
・競争構造の諸側面
・業界の競争構造の分析
・業界の競争戦略の分析
・変化する競争構造
具体的な解説は本書に譲るとして、おさえておくべき内容を中心にまとめました。
マーケティング戦略を考えることは競争戦略を考えることに等しいと言っても過言ではありません。マーケティングにおいて、自社の商品・サービスを買ってもらうための方法を考えることは大事ですが、競合に勝ち自社が選ばれる状態をつくることも欠かせません。
競合がいない市場はもはや存在しません。競争に勝ち抜くために、まずは競争環境を分析するためのポイントを解説します。
現代の競争は激化し続けている
マーケティングの概念が登場した1902年以降、マーケティング環境や競争環境は激化の一途をたどっています。数十年以上にわたり、あらゆる業界において多くの企業がしのぎを削り合い、市場のさまざまなポジションを奪い合った結果、市場における“空きスペース”はほぼ存在しなくなりました。
かつて、その時代における最新の経営戦略理論やマーケティング戦略理論を学んでいるか・知っているか・使えているかで競合に差をつけることができた時代もありました。しかし、インターネットなどによる情報流通の発達、コンサルティング業界の活況、MBAプログラムなどの一般化などにより、自社が知っている知識・データは、多くの場合において競合企業も把握しているという競争環境となりました。同じ知識・データを持つ企業同士では、正解も同質化しやすくなるいま「どうやって勝つのか?」という問いの難易度は上がり続けていると言えるでしょう。
また、市場での競争において忘れてはいけないことは、競争においては上位の企業が圧倒的に有利であるということです。シェアトップの企業は、確固たるブランドがあり、顧客数も多く、売上と利益が大きいため、使用できるマーケティング予算も他社に比べて多くなります。
であるにも関わらずマーケティングにおいては、上位企業に対し、真っ向勝負を挑もうとするケースが少なくないと池田は指摘します。マーケティング予算が10億円の企業と3億円の企業があったとして、両者がまったく同じ施策を行っていたとしたら前者が有利であることは明白です。使える経営資源の量も質も異なっている相手と戦うには、何をやるのかはもちろん、何をやらないかを決めることや戦い方を工夫するということが大切です。
ゼロサムゲームになった市場
競争戦略の大家であるマイケル・ポーターが競争戦略論を生み出した当時は、市場はプラスサムゲームであることが前提でした。市場をピザで例えると、プラスサムゲームの時代(≒市場成長期)においては、ある企業がピザを一切れ取っても、ピザそのものが大きくなって他の企業の取り分も十分に残っていた状態でした。しかし、いまはプラスサムではなくゼロサムゲームです。どこかの企業がピザを一切れ取ったら、他の企業の取り分は減ってしまうという時代です。つまり、どこかの企業が売上を上げたら、他の企業の売上は下がってしまうという時代なのです。
以下の図をご覧ください。
この図は、2つのことを表しています。
- 図の右上にある売上を直接引き上げる施策は存在しません。広告・価格・営業パーソンなど、あらゆる施策の総体によって売上という力が引き上げられていること
- 左下のベクトルが、右上の売上とは逆方向を向いているように、競合によって自社の売上を小さくする力が働くこと
つまり、ゼロサムゲームの市場においては、自社の売上を上げようとする力と、競合が売上を小さくしようとする力が綱引きのようになっているということです。マーケティング戦略において、競争を考えるときにはこの図が表している2つのことを前提に考えましょう。
どんな相手と競争しているのか?
教科書でも解説されている「ポーターの5つの競争要因」があります。企業の競争相手としてイメージしやすいのは同業他社ですが、供給業者・買い手・新規参入業者・代替品の存在を認識しておきましょう。
5つの競争相手がどのように作用し、自社の利益にどのような影響を与えるのかを整理したのが以下の図です。
それぞれの競争要因が強まることによって、価格を下げ・コストを上げる力が働き、収益性が下がるということがわかります(サプライヤーの交渉力はコストを上げる力のみが働く)。
競争の枠組みを知り、構造を分析する
業界の特徴分析法の一つとしてあるSCPパラダイムでは、S(Structure:構造)が業界における行動を規定し、成果を規定するとされています。
その構造を分析する枠組みが集中度と参入障壁です。集中度は現在の競争状況を、参入障壁は現在および未来の競争状況を規定するものです。
集中度
教科書で取り上げられている各業界の集中度に関するデータをグラフ化したものが以下となります。
集中度が高ければ高いほど(赤の面積が大きいほど)その業界は寡占状態にあり、集中度が高い業界ほどシェアを伸ばすことが難しいことを示しています。特にビールや家庭用洗剤における上位3社の集中度は特に高く、ビールの販売によってシェアを数%獲得するだけでも非常に厳しい戦いが求められます。一方で、化粧品のようにメーカー数やアイテム数が非常に多い業界では寡占は進んでおらず、大小問わず(最近だとD2Cなども)さまざまなブランドが参入しやすい業界となっています。また、プライベートブランドの場合も集中度が高いと商品を投下しづらく、集中度が低いと商品を投下しやすくなります。
参入障壁
参入障壁を図で整理すると以下のようになります。文字通り、現在や未来の新規参入を妨げる障壁となる存在を整理したものです。
参入障壁には上記の6つが存在し、これらが単独で、あるいは複数の障壁があることで新規参入を妨げます。
規模の経済性が働いている業界は、その規模を実現することが新規参入企業にとって困難です。必要投資額およびサンクコストは、飛行機の製造や製薬など、参入のためには研究開発などのコストが大きくなるだけでなく、回収の見通しが立てづらい(サンクコスト=埋没費用が膨大だったり読めなかったりする)ことで参入が難しくなることを表します。
製品差別化は、たとえば日本で新しくフライドチキンのチェーンを展開しようとしても、ケンタッキーフライドチキンのように圧倒的に強い他ブランドの存在があるなどで、差別化することが困難となることを表します。
また、商品・サービス提供の根幹となる技術などで特許が取得されているため参入が困難になることや、法的・行政的規制によってそもそも新しい企業が参入できない業界も存在します。
競争の具体的な性質を分析することのむずかしさ
競争が行われる構造について解説をしましたが、具体的な競争の性質を分析するための項目がまとめられているのが教科書内の以下の表です。
これらは競争の性質を分析する際の分析軸を示している、と考えて差し支えありません。一方で、競争優位の源泉はこれらの軸が単体で成立していることは無く、複数の軸の掛け合わせによって成立していることがほとんどです。たとえば、価格だけで競争優位性を実現できていることはほとんどなく、価格以外の他要素が複数かけ合わさることで競争優位性が実現されている、などです。
また、一つの競争優位性を長期間にわたって維持することも困難です。市場環境は絶え間なく変化を続けているため、企業の競争優位性も生き物のように変化を続けています(もちろん失われることもあります)。
そのため、競争の性質を分析するには、試行錯誤を繰り返すことが欠かせません。業界内のプレイヤーを分析するには二軸のポジショニングマップがよく用いられますが、この軸の定め方に工夫が求められます。
そして競争は同業界だけで行われているわけではないと意識することも大切です。ポーターの5つの競争要因における存在はもちろんですが、生活者の置かれている環境や状況によって、競合が変化することは決して少なくありません。
たとえば、日常の1シーンを切り取るカメラであればスマートフォンで十分ですが、子どもの成長記録を残したいと思ったら高級なカメラが欲しくなることもあるでしょう。手短に昼食を食べたいときはコンビニとファストフードが競合します。
競争分析や競争戦略を考えるときには、同業界のみを競争相手と捉えているだけでは立ち行かなくなることもあるでしょう。お客様に買っていただくために「自分たちは誰と戦っているのか?」という視点は忘れないようにしましょう。
まとめ
- マーケティング戦略を考えることは、競争戦略を考えることに等しい。いかに自分たちの商品・サービスを買ってもらうかだけではなく、どうやって競合に勝つのかを考えることが欠かせない
- 競争において上位企業のほうが圧倒的に有利であるという前提条件を忘れない。上位企業に真っ向勝負を挑んだとしても、経営資源に劣る下位企業では勝ち目は少ないため、何をやるかだけでなく、何をやらないのかの選択も重要である
- 多くの競争戦略理論はすべての企業が成長を実現可能できるプラスサムゲームの時代に生まれたものが多い。現在はゼロサムゲームであり、どこかの企業の売上が増えれば、他の企業の売上は減少するという市場で戦っていることを念頭に置くべき
- 競争相手は同業界のプレイヤーだけでなく、ポーターの5つの競争要因で示されている供給業者・買い手・新規参入業者・代替品の存在があることを意識する。これら5つの競争要因によって、価格が下がり、コストが上がり、結果的に収益性が下がる
- 競争戦略における行動・成果を規定するのは、競争の構造である(SCPパラダイム)。構造を分析する枠組みには集中度と参入障壁がある
- 具体的な競争の性質を分析する際、一つの軸によって競争優位性が成立しているわけではなく、複数の変数が複雑に絡み合っていることに注意する。また、市場環境の変化に伴って競争優位性は絶えず変化し続けている(時には失っている)
- 競争は同業界のみで行われるわけではない。マーケティングにおいて、生活者の環境や状況によって相手が常に変化する。「自分たちは誰と戦っているのか」という視点を常に忘れないようにしよう