不確実な時代を突破する思考術 ~エフェクチュエーションを学ぼう~ 振り返りレポート
過去の経験が通用しない、将来が予想できない現代は、従来型のSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)が機能不全を起こしていると言われます。
このような状況で注目を集めている思考法が「エフェクチュエーション」です。
新しい市場や産業の創造という、極めて不確実性が高い問題に繰り返し対処してきた熟達した起業家たちに対する意思決定実験において発見された思考様式が「エフェクチュエーション」です(対する概念は「コーゼーション」(目標を設定してから達成の手段を検討する逆算的な方法)です)。
今回は『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(ダイヤモンド社)の著者である神戸大学大学院(経営学研究科)准教授の吉田満梨さんに、エフェクチュエーションの概略について解説いただきました。
エフェクチュエーションは一部の起業家だけではなく、例えば既存の顧客ニーズを前提にできない製品・サービスの事業化や、最適なアプローチを定義することが困難な問題解決など、現代のマーケティング課題に対する取り組みにも幅広く適用することを可能にする考え方です。
エフェクチュエーションとは?
エフェクチュエーションとは、不確実性に対して予測ではなくコントロールによって対処しようとする思考様式です。成功を収め、成熟した起業家を対象にした意思決定実験によって明らかになった考え方で、大きな特徴はどのような特性を持つ人でも学習して身につけることができるという点です。
エフェクチュエーションは起業家のためだけの考え方ではなく、イノベーションを起こそうとする(マーケターを含む)すべての実行者を対象とします。
イノベーションとは「革新的な新製品を開発する」こと以外のことも表します。イノベーションを起こそうとする実行者すべてがアントレプレナーと呼ばれ、アントレプレナーは必ずしも起業家に限った話ではありません。エフェクチュエーションはアントレプレナー全体が用いることができる考え方です。
エフェクチュエーションの理解を深めるために、まずは対となる思考様式である「コーゼーション」について解説します。
コーゼーションは多くのビジネスの現場で用いられており、「新しい市場を作る」という目的に対し、手段を追求し、因果関係を重視します。あらかじめ目的や機会が明確であり、その目的の達成に向けて最適な手法を追求します。
マーケティングの例で言うと、顧客ニーズを特定し、市場調査を行ってSTPやコンセプトを定義し、理想とされるポジショニングを実現するためにマネジメントを行っていくというマーケティング理論におけるベーシックな思考や行動がコーゼーション的であると言えます。
なお、コーゼーションは否定されるべきものではなく、目的に対する達成手段や因果が明確なのであれば有効です。対してエフェクチュエーションは、ビジョンはあったとしても、達成のための手段がわからないときに有効な思考様式です。
エフェクチュエーションのプロセスは以下の通りです。
まず、エフェクチュエーションは「手持ちの手段からはじめる」ことからスタートします。
自分が何者であるか・知っていることは何か・誰を知っているのかという、誰でもできるポイントから着想します。次に、損失の許容可能性を考慮してアクションを行います。成功の保証がない状況において、致命傷にならないように許容できる範囲で行動に移します。ポイントは、最初から新しい資源を調達するのではなく、損失を飲み込める範囲でできることからはじめ、やれることをやる、という点です。その過程で偶然をテコにすることもポイントです。うまくいったことはもちろん、うまくいかなかったことを「次は何に活かせるだろうか」と考えます。
また、行動のなかで仲間やパートナーとの関係構築を重視します。パートナーが加わることで、起点となる「手持ちの手段」が拡大し、許容できる損失も大きくなります。そしてさらに、損失の許容範囲の中で新しく行動をおこなっていくというサイクルを描くと同時に、できること・利用できる資源がどんどん大きくなります。
このサイクルは、「できることから・致命傷にならないように」回していくことから、コントローラブルな状態で未来に向かっていけるということもポイントです。
以上がエフェクチュエーションを思考様式とした思考・行動のサイクルです。コーゼーションと大きく異なる点は、予測を必要としないことです。
エフェクチュエーションによる思考・行動によって、イノベーションにつながった事例の一つがパイロットコーポレーションの『フリクションボール』です。
本製品の開発を行っていた研究者はノンカーボン紙の研究を行っていたものの、会社がその技術を製品には用いないという意思決定がなされてしまいました。その経験を活かし今度は色が変化するインクを開発。こちらは別の印刷会社によって紙コップ・印刷物・おもちゃなどに利用されました。そこから得られたロイヤルティ収入によって研究者は技術開発を進め、青色が赤色に変わるというインクの開発に成功。パイロットコーポレーションによって製品化(『イリュージョン』)されたものの、売上を伸ばすことができませんでした。
しかし、その製品を見たヨーロッパ企業のCEOが「色を変えられるのなら、消せるインクは作れるのか?」と尋ねてきたことが転機になります。ヨーロッパでは学生が勉強するときに鉛筆を使う文化がなく、ボールペンが利用されています。文字を修正するときには修正液が必要になるため、消せるボールペンに需要がある、という目的が示されたのです。その結果、色を変化させる技術によってインクを透明にするという製品が誕生しました。それが『フリクションボール』です。
コーゼーションとエフェクチュエーションの双方を理解しておくことで、同じ事象に対して異なった思考・行動ができるようになり、選択肢の幅を広げられると考えることが望ましいと言えます。マーケティングの仕事において重要となる「最適な価値を提案する」ことにおいて、自然とエフェクチュエーション的な思考様式を取り入れて仕事を行っている場面も少なくないはずだと吉田さんは言います。
ここからは、エフェクチュエーションのプロセスに関わっている5つの原則について解説します。