『マーケティング「つながる」思考術』連続講座⑩マーケティングにおける9つの“原理原則”とは 振り返りレポート
トライバルメディアハウス代表の池田が2024年1月に上梓した、マーケティングの医療ミス撲滅を目指す書籍『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)の内容をもとにした連続講座の第10回です。
これまでの回では多くのマーケティング現場で起こっている代表的な「医療ミス」を中心に解説しました。今回はマーケティング戦略づくりの要諦となる9つの原理原則を解説します。
原理原則をおさえておくことは戦略の精度や解像度を高めることに役立ちます。また、戦略づくりにおいて「大失敗」を避けることができ、及第点以上を狙いやすくなるでしょう。
9つの原理原則は相互に関連し合っているものであり、各項目をそれぞれ理解すれば良いものでもなく、つながりを意識しておく必要があります。書籍で解説しきれていないポイントも含め、9つの原理原則の詳細やそれぞれのつながりを解説します。
フレームワークは何に役立つのか
今回ご紹介する9つの原理原則を含め、フレームワークは実務においてどのように役に立つのでしょうか。フレームワークは戦略をつくるときに役立ちますが、そのまま戦略になるものではありません。
フレームワークの引き出しを増やすことは、「売上が減った」のように解像度が低いままの課題について、検査のバリエーションを増やすことができると池田は言います。体調が悪いとき、一つの検査だけで原因を特定することは困難です。できる検査が増えるほど「胃が不調だった」「栄養が足りなかった」などの原因が特定しやすくなり、解決するための処方(戦略や戦術)を講じやすくなるはずです。
原理原則:分解して考えるべきもの
原理原則①「売上はニ種類しかない」
売上について議論する際には、トライアル売上とリピート売上に分解して考えましょう。この二種類以外の売上は存在しません。一方で、このニ種類の売上は構成要素が異なるため、同じ土台で議論してしまうと課題の特定を困難にします。
上記の図のうち、グレーになっている項目(人口など)はほとんどの場合において企業ではアンコントローラブルです。その一方で、売上に与える影響は少なくありません。
注意が必要な点としては、リピート売上にもっとも影響するのは製品パフォーマンスであるということです(図の中において再購入率に影響)。
そして、想起率や購入率に影響を与えるのがベネフィットです。ニーズは「◯◯したい」、ベネフィットは「◯◯できる」と考えると理解しやすいでしょう。ベネフィットは以下の3つに分類できます。
商品・サービスのスペックだけでベネフィットの差別化は難しくなっているため、多くの企業が情緒的・自己実現ベネフィットの訴求を強めています。その一方で、これらは抽象的な表現になりやすく、競合同士で似通った表現になってしまっている商品カテゴリーも少なくありません。
商品カテゴリー内において、最低限満たされているべきと顧客が考える要素(POP = Point of Parity)と、差別化につながる要素(POD = Point of Difference)の2つが存在します。POPは技術や機能に裏付けられるものが多く、多くの企業が情緒的・自己実現ベネフィットを訴求しすぎているいま、改めて機能ベネフィットをしっかり訴求する重要性は高まっているかもしれません。
原理原則② 最寄品と買回り品・専門品は「買われ方」がまったく違う
商品カテゴリーマトリクスの考え方をおさらいしましょう。
このマトリクスで特に意識すべき点は、商品カテゴリーそのものの関与度です。商品カテゴリーによって、関与度の高さは純然と決まっており、同じカテゴリーの中にある特定のブランド・商品だけが関与度が高いということは基本的にありえません。
商品カテゴリーごとの関与度は「変えられない前提条件」だと捉えることが大切です。関与度の高低によって有効な施策が明確に分かれるため、自身が取り扱う商品・サービスの商品カテゴリーの関与度を理解しておけば、施策を大外しするリスクは低くなるはずです。
原理原則③ 顧客には「いますぐ客」と「そのうち客」が存在する
「いますぐ客」と「そのうち客」はカテゴリー関与度とセットで考えましょう。関与度が低い商品・サービスは、購入頻度が高いため商品・サービスが多く、「いますぐ客」の割合が多くなります。対して、関与度が高い商品は購入頻度は少なく、「そのうち客」が多くなります。
会計年度や評価期間は単年度で行われることが一般的なため、単年度での成果が重要視されがちです。つまり「いますぐ客」から売上を上げることに多くの会社が注力しています。「いますぐ客」の獲得は競争が激しく、取り組まなければ競合に負けてしまうため取り組む必要はありますが、「そのうち客」の育成もセットで考えなければなりません。どちらか一方ではなく、商品カテゴリーによってどんなバランスにするのかを考える必要があります。
原理原則:マーケティング施策に関するもの
原理原則④ 薬(施策)の効能効果は相対的なものである
マーケティングには正しい診断と処方が必要です。マーケティングのどの課題に、どの施策が有効なのかを表しているのがマーケティングコミュニケーションのファネルマップです。
頭痛薬や胃腸薬のような薬と異なり、マーケティング施策は「これにしか効かない」ものが少ないことに注意が必要です。「この施策がもっとも効くのはこの課題だが、他の課題にも間接的に効く」のようなことが起こります。そのため、自分なり(自分の扱っている商品・サービスなり)に、どの課題に対してどの施策が有効なのかを理解できていることが欠かせません。
その際には必ず施策同士で相対比較を行いましょう。特定の施策を絶対評価するのではなく、ある課題に対して有効とされている施策を比較検討して、自社に最適なものを選び取る必要があります。
原理原則:売上に欠かせない「想起」に関するもの
原理原則⑤ 一番売れている商品は真っ先に思い出される商品である
ブランドカテゴライゼーションは、マーケティングにおいて非常に重要な概念です。
商品選択時において、知っている(知名段階)→どんな商品・サービスかがわかる(処理段階)→購入の選択肢に含まれる(考慮集合)→真っ先に選ばれる(選好段階)と順番に進んでいくことを表しています。想起集合に入れるブランドは、ほとんどの商品カテゴリーで2~3つと、数がかなり限られています。
多くの企業で、認知度(知名段階にあるかどうか・助成想起に含まれているかどうか)は計測されているものの、想起集合に入っているかの計測は行われていないことに池田は警鐘を鳴らします。人間の脳みそは(思い出せないだけで)ほとんどの物事を記憶しており、多くの広告予算を投下しているブランドであるほど知られている確率は高く、名前を聞いたら多くの人が知っていると答えることができます。認知度の比較だけではどのような戦略をとるべきかを検討することは困難です。想起されているのか(選ばれやすい状態にあるのかどうか)まで計測することをお勧めします。
マーケットシェアが高いほど利用者が多いことになり、利用者が多いほど想起される確率は高くなります。そのため、シェアNo1のブランドのほうが有利であり、どういったときに想起されることが望ましいか(もっとも売上に貢献するか)を定め、リソースを投下していくことが2位以下のブランドには欠かせません。
原理原則⑥ 思い出してもらえるかはプレファレンス次第
⑤で解説した想起は、あくまで結果です。プレファレンスが高まれば、想起が高まりやすくなります。そしてプレファレンスも結果であり、価格・ブランドエクイティ・製品パフォーマンスによって、プレファレンスは決まります。
プレファレンスは選好性と訳すことができ、選好性が高いほど選ばれる確率が高まるという概念です。価格が下がればプレファレンスは上がり(プレミアムブランドやラグジュアリーブランドを除く)、ブランドエクイティや製品パフォーマンスが高ければプレファレンスが上がるという構造になっています。
この3つの要素のうち、どれがプレファレンスにもっとも影響するのかは商品カテゴリーによって異なります。たとえば、歯磨き粉であれば価格が影響しやすいはずですし、高級外国車の場合はブランドエクイティの中でも、特にロイヤルティやブランド連想が影響していると考えられます。
原理原則⑦ プレファレンスは同一パーセプションの競争で相対的に決まる
パーセプションとは「認識」を表します。ニーズが顕在化したとき、そのニーズに応える商品・サービスだと認識されていないかぎり、想起集合に入ることはできません。そして、ニーズが顕在化したときに、どの商品・サービスを利用するかどうかの競争は、必ずしも商品カテゴリー内で行われるわけではありません。以下の図をご覧ください。
一人で楽しめるアウトドアな趣味を見つけたいとき、選択肢に入る(想起集合に入る)のは、「一人で楽しめるアウトドアであると認識されているもの」です。そして、旅行・登山・ランニングは異なるカテゴリーであることがわかります。
「一人で楽しめるアウトドアな趣味を見つけたい人」の想起集合に、キャンプを入れてもらうためには、キャンプのパーセプションを「一人でも楽しめるもの」に変える必要があります。現在はソロキャンプという言葉が一般的になっているように、人によっては「一人で楽しめるアウトドア」にキャンプが含まれる(想起される)確率は高まっているはずです。
この例のように、自分たちの商品・サービスが想起集合に含まれるためには、想起のトリガーと自分たちの商品・サービスが紐づいている必要があります。それを決定づけるのがパーセプションです。
原理原則⑧ 売上は想起集合に入ることができるカテゴリーエントリーポイントの数で決まる
先ほどの例で解説した「一人で楽しめるアウトドアとは」のような想起のトリガーとなるものをカテゴリーエントリーポイント(以下、CEPと略します)と言います。
CEPの数が多いほど、想起される機会が増え、売上が増やしやすいと言えます。
たとえば、「手軽にサッとランチを済ませたい」とき、そのCEPで想起される(そのパーセプションがある)商品・サービス(この例の場合はお店の種類)は豊富にあります。
対照的に、「ガッツリ食べたい」場合は、コンビニ・パン屋・カフェはほとんどの場合脱落します。
このように、「サッと食べたい人」と「ガッツリいきたい人」の両方や、さらに多様なCEPをカバーすることで、参加できる市場が増え、売上の総量を増やすことができます。一方、そのCEPにおけるパーセプションがあったうえで想起されることが欠かせないため、CEPが多いだけでは不十分です(商品やメッセージのバリエーションを増やせばいいというわけではありません)。あくまでCEP・パーセプション・想起は、企業がコントロールできない結果であり、顧客によって決定づけられていることに注意しましょう。
原理原則:顧客の体験や評価に関するもの
原理原則⑨ 顧客は4回評価する
商品・サービスの購入や利用に際して、顧客には4回の評価タイミングがあります。このフレームワークは、マーケティング戦略を具体的に立てるときに、どの評価タイミングが競合に比べて負けているのか・勝っているのかを判断することに役立ちます。
たとえば掃除機の場合だと、1回目「購入前」の評価が重要です。掃除機の買い替えニーズが発生したとき、ほとんどの人が比較検討を行うはずです。1回目の評価に課題があることがわかると「比較検討のときの情報提供に問題がある」「他社が指名検索されていることで比較検討される前に負けている」などがわかります。
トイレットペーパーであれば、1回目の評価はほとんど行われず、2回目の評価の重要性が高いと言えます。この場合は「店頭での販促活動を強化すべき」などにつながるでしょう。この4回の評価も、商品カテゴリーによって重要視される評価タイミングや内容が異なることに注意が必要です。
まとめ
- これらの原理原則によって、戦略を立てるうえで現状の課題を多角的に診断するために役立てることができる。これらの原理原則がそのまま戦略になるというわけではない
- 売上は「トライアル売上」と「リピート売上」の2種類しか存在しない
- 商品カテゴリーによって買われ方がまったく違う。特に買われ方を分ける要素がカテゴリー関与度であり、自身が扱う商品・サービスがどのカテゴリーなのかによって、戦略の前提条件が決まる
- 顧客は「いますぐ客」と「そのうち客」に分けて考える。商品カテゴリーによって、どちらがより重要かのバランスは異なるが、片方のみを重視すればよいわけではない。特に「そのうち客」は軽視されがちであり、多くの競合がしのぎを削り合っている「いますぐ客」だけではなく、特に買回品・専門品の場合は中長期的に「そのうち客」を育てることが欠かせない
- 施策の効能効果を相対的に比較しよう。課題に対して施策を絶対評価するのではなく、自分なりの理解をもって施策同士を比較し、最適な施策を選べることが望ましい
- 一番売れている商品は真っ先に思い出される(想起される)商品である。ニーズが起点となり、そのニーズに応えられる商品であると認識されていて、同じ認識を持たれている選択肢の中から想起集合が形成される、という構造をおさえておこう
- 顧客は4回評価する。どの評価タイミングを顧客が重視するか、そして競合に勝っているか(負けているか)を確認することで、どの評価タイミングに力を入れるべきかがわかる
提出期限のない宿題
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【宿題】
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