『マーケティング「つながる」思考術』連続講座⑪マーケティングのリアルを理解しよう~日常的に買う商品はどう売れる?~ 振り返りレポート
トライバルメディアハウス代表の池田が2024年1月に上梓した、マーケティングの医療ミス撲滅を目指す書籍『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)の内容をもとにした連続講座の第11回です。
マーケティングには「リアリティ」が欠かせません。理論やフレームワークはあくまで「生身の人間が買い物する際の思考や行動」を法則化したものです。どれだけ理論やフレームワークを学んだとしても、これらに振り回されて現実味のない戦略をプランを描いてしまうようではいけません。
売り手であるマーケターとしての視点と、買い手でもあるひとりの消費者としての視点双方の「リアル」を抽象化したうえで、どのようにアプローチするのが望ましいかを検討できるようになることが、マーケティングの現場における戦略づくりでは求められます。
今回の講座では、「最寄品(日常的にひんぱんに購入される製品)」をテーマに、日常生活でよくある例をもとにして、これまでの講座で学んだ内容を実務へつなげるための考え方を解説します。
※今回の第11回と次回の第12回は両方をセットでご受講いただくことでより理解が深まる内容になっています。
売上へ到達する山の登り方
今回の講座では、新しい概念やフレームワークは登場しません。過去の連続講座で学んだ内容をもとに、最終的な売上というゴールに向け、どのようにルート(線)を描くべきかを最寄品をテーマに解説します。これまで解説した概念やフレームワークは、最終的にすべてつながっているということを体感いただければと思います。
売上は「トライアル売上」と「リピート売上」の2つで構成されています。C/Pバランス理論で解説したように、リピート売上にもっとも影響するのは商品・サービスのPerformanceです。
リピート売上については、商品・サービスは一定の満足をしてもらえている(十分なPerformanceがある)という前提で、リピート売上を促すための考え方について解説します。
最寄品の主要ルート①:トライアル売上
『売上の地図』で見る最寄品のトライアル売上ルート
まずは、『売上の地図』を用いてトライアル売上につながるルートを解説します。
カテゴリーエントリーポイント(以下CEP)つまりニーズが起点です。ニーズが発生したとき、そのニーズに応えられるというパーセプションが形成されている商品・サービス同士で比較されます。そのときに、自分たちの商品・サービスが真っ先に想起されるほど、売上に直結しやすいメンタルアベイラビリティが構築できていると言えます。
また、売上に大きな影響を及ぼしているのが「売り場」、つまりフィジカルアベイラビリティです。最寄品はフィジカルアベイラビリティの影響力が大きくなります。「他のお店に行ってまで欲しい」とはなりにくい最寄品は、必要なときに買える状態でなければ、容易に競合に売上を奪われてしまいます(「無いならこっちでいいや」となってしまいます)。
想起(メンタルアベイラビリティ)と売り場(フィジカルアベイラビリティ)の双方が売上につながるもっとも大きな変数です。そのうち、マーケティングコミュニケーションに関わる人にとって重要なのは想起です。想起を高めるためには、プレファレンスが高い状態である必要があります。
プレファレンスを高める要素は「価格」「ブランド・エクイティ」「製品パフォーマンス」の3要素です。一方、トライアル売上においては、まだ製品パフォーマンスが評価できている状態になく、ロイヤルティが形成されているケースもまれです。
そのため、トライアル売上においては「価格」「ブランド・エクイティ(のうち認知・知覚品質・ブランド連想)」が強く影響します。特に、最寄品は価格の増減がプレファレンスに強い影響を与えます。数十円〜数百円のささいな価格の変化であっても、自社が選ばれる確率は大きく変動します。
「ブランド・エクイティ」に影響を与えるのがPESOメディアです。最寄品の場合はヒューリスティック処理で(直感かつ瞬時に)手に取られるため、検索はほぼされません。そのため、オウンドメディアは重要度が高くありません。ペイド・アーンド・シェアードメディアが主に考えるべきメディア戦略であると言えます。
トライアル売上の構成要素
トライアル売上を構成する要素をおさらいします。
グレーになっている「人口」と「購入個数」はアンコントローラブルな要素のため、マーケティングによって干渉できません。最寄品の場合、複数個でセット販売を行うケースはありますが、多くの場合それは「需要の前借り」と言っても過言ではありません。将来買われるはずだった分を、今の売上につなげているのと同義のため、中長期スパンで考えると購入個数を底上げできているケースは少ないはずです。最寄品の場合は「想起率」と「配荷率」をできる限り高めることが求められます。
商品カテゴリーマトリクスで最寄品の特徴を整理する
商品カテゴリーマトリクスにおいて、最寄品は下半分に位置づけられる商品・サービスです。
最寄品のポイントを整理します。
購入頻度が高い最寄品は、価格が安く、失敗したと感じるリスクは低いため、関与度が低くなります。比較検討はほとんど行われず、レビューも見ず、ほとんど考えずに衝動的・直感的に買う商品・サービスを決定します。これは最寄品のマーケティング戦略を考えるうえで非常に重要なポイントです。
カテゴリーエントリーポイント(CEP)の注意点
想起の入口となるCEPですが、最寄品の場合は注意が必要です。なぜなら、ほとんどの最寄品はCEPが限られていることがほとんどだからです。洗剤・ペットボトルのお茶・ティッシュ・シャンプーなど、利用する用途が限定的であるほど、CEPも1〜2つであることが一般的です。自分たちの商品・サービス(最寄品)において「まだ見つかってないCEPはたくさんあるはずで、まだ見つかってないだけだから探そう」と考えるのは危険です。
最寄品における真実の瞬間
トライアル売上の「真実の瞬間」において、顧客がどのように評価しているかを整理しましょう。トライアル売上ですので「ZMOT(買う前の評価)」と「FMOT(買う瞬間の評価)」を抜粋します。
最寄品の場合、ZMOTにもっとも影響を与えているのは広告です。最寄品を製造販売する企業は、利益を出すために販売数が必要です。そのため、ターゲットは限定せず、広くあまねく知ってもらうためのマス広告の重要度が特に高いと言えます。
予算の都合でマス広告を実施できない企業も少なくありません。「予算が無いため、できるだけお金をかけずにマスにリーチできる方法はないか」と考えがちですが、そのような都合のいい方法はありません。もちろん限りある予算の中で創意工夫は必要ですが、まずはコントローラブルな広告を確実にやりきることが重要です。
FMOTは左右の軸(理性的か情緒的か)によって異なります。左は「良いか・悪いか」と「(競合と比べて)安いか・高いか」で比較されやすく、右は「好きか・嫌いか・無関心か」で比較されやすくなっています。
買回品・専門品とのZMOTやFMOTの違いを確認しましょう。
ZMOTには「思い出してもらうまでのZMOT」と「思い出してもらってからのZMOT」の2つが存在します。最寄品の場合は、「思い出してもらってからのZMOT」が存在しません。思い出してもらってからFMOTに至るまでの間に、比較検討を時間をかけて行わないためです。
次に、クチコミの特性です。
買回品・専門品と比べてクチコミの重要度は高くありません。期待・意向のクチコミや、報告のクチコミがSNS上に多くあると「話題になっている」状態をつくることができ、店頭で想起されやすくなる効果が期待できます。
まとめると、いかに広告を中心に有利なZMOTを獲得し、想起されやすい状態で店頭に来てもらうことができるかどうか(そして店頭に配荷されているか)が最寄品の戦略立案時におけるもっとも重要なポイントです。
マーケティングコミュニケーションファネルマップで見る「打ち手」
マーケティングコミュニケーションファネルマップで見ると、有効な施策はそう多くないことがわかります。ピンク色になっている項目は、ほとんどが「広告」「マス」「店頭」いずれかの要素を持っている施策です。
最寄品の場合は広くあまねく知ってもらえていることと、買い求めやすい状態になっていることが重要であるため、施策の選択肢はそもそも多くありません。だからこそ、新しい手法が出たときに“ソワソワ”してしまうことがあるかもしれませんが、おさえておくべき施策を徹底的にやりきることのほうが重要です。
『ブランド・パワー』で最寄品における重要指標を確認しよう
最寄品は、以下の認知ファネルの考え方に沿って戦略を考えることが有効です。
知ってもらえているかどうか(助成想起)、興味関心を持ってもらえているか(純粋想起に入っているか)、買ってもらいやすい状態にあるか(想起集合に入っているか)の3点を、メディア戦略(特にペイド・アーンド・シェアード)によるインプットでバランスよく高めていくことが、最寄品におけるマーケティングコミュニケーションに求められています。
最寄品の主要ルート②:リピート売上
リピート売上の構成要素
最寄品は買回品・専門品と違って、購入頻度が多く、毎回想起されるものが異なりやすいため、再想起率を下げないことが重要です。そのため、トライアル売上を上げるために想起を上げる施策は、そのままリピート売上を高めるための施策に直結しています。製品パフォーマンスを高く評価してもらえたとしても、そもそも最寄品は関与度が低いという大原則を忘れてはいけません。
最寄品の真実の瞬間(トライアル売上後)
最寄品のリピート売上の主要ルートは、トライアル売上と大きく変わりません。そのため、真実の瞬間で「買ってもらった後の評価」のみ整理します。最寄品のSMOT・TMOTによる評価は、関与度が低いためとてもアッサリしていることがほとんどです。
SMOTは、左右の軸(理性的か情緒的か)で分けたとき、評価がアッサリしていることは共通しているものの、左の軸の商品・サービスは客観的に効果や効能で評価される一方で、右の軸のものは主観的に評価が行われるという違いがあります。
TMOTでの評価については、左の軸は「信頼できるか」など効果・効能に立脚していることに対し、右の軸は「好意がある・自分に合っている感じがする」などの非常に個人の感覚によるものであるという違いがあります。しかし、これらによって「最愛」のような個人にとってなくてはならないもののポジションを獲得できていることはほとんどありません。「一番のお気に入り」ポジションを狙うことが現実的です。
最寄品のリピート売上においては、顧客の離反に注意しよう
多くのブランドにおいて、ブランド間で顧客のスイッチが一定数行われているというエビデンスが存在します(一定割合ではなく一定数であることに注意しましょう)。
そのため、シェアが低いブランドほど、顧客のほとんどがスイッチしてしまいます。つまり、既存顧客のみ(リピート売上の獲得のみ)に注力するマーケティングコミュニケーションに偏重するのは危険ですので注意しましょう。
まとめ
- 最寄品は高い頻度で買われ、価格が安い商品・サービスであり、失敗のリスクが低く、低関与。そして購入はヒューリスティックに(瞬間的かつ直感的に)行われるという
ことが最寄品のマーケティング戦略上における大前提である - 最寄品を販売する企業は低価格の商品・サービスを扱う以上、利益を上げるために「とにかく多く売る」ことが求められる。そのため、広くあまねく知ってもらえていることと、多くのお店に置かれていて買い求めやすい状態にあることを目指す必要がある
- 最寄品の場合、トライアル売上とリピート売上を上げるための施策の違いはほとんどなく、想起率を高い状態に保つことが不可欠
- 最寄品を購入するために比較検討を念密に行うことはほとんどない。そのため、4つの真実の瞬間における評価は非常にアッサリしたものであり、クチコミも行われることが少ない。だからこそ店頭に来る前に想起されやすい状態にしておくことが求められ、多くの人をその状態にするために広告(特にマス広告)がもっとも重要な施策である
- 顧客の離反はどのブランドでも避けられない。既存顧客に向けた施策に偏重してしまうことはリスクが高いことに注意する