振り返り記事
公開日:2024年4月26日

『マーケティング「つながる」思考術』連続講座⑫マーケティングのリアルを理解しよう~しっかり選んで買う商品はどう売れる?~ 振り返りレポート

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トライバルメディアハウス代表の池田が2024年1月に上梓した、マーケティングの医療ミス撲滅を目指す書籍『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)の内容をもとにした連続講座の第12回です。

マーケティングには「リアリティ」が欠かせません。理論やフレームワークはあくまで「生身の人間が買い物する際の思考や行動」を法則化したものです。どれだけ理論やフレームワークを学んだとしても、これらに振り回されて現実味のない戦略をプランを描いてしまうようではいけません。

売り手であるマーケターとしての視点と、買い手でもあるひとりの消費者としての視点双方の「リアル」を抽象化したうえで、どのようにアプローチするのが望ましいかを検討できるようになることが、マーケティングの現場における戦略づくりでは求められます。

今回の講座では、「買回品・専門品(購入時に時間をかけてしっかり比較・検討される製品)」をテーマに、日常生活でよくある例をもとにして、これまでの講座で学んだ内容を実務へつなげるための考え方を解説します。

※今回の第12回は第11回とセットでご受講いただくことでより理解が深まる内容になっています。

売上へ到達する山の登り方

今回の講座では、新しい概念やフレームワークは登場しません。過去の連続講座で学んだ内容をもとに、最終的な売上というゴールに向け、どのようにルート(線)を描くべきかを買回品・専門品をテーマに解説します。これまで解説した概念やフレームワークは、最終的にすべてつながっているということを体感いただければと思います。

売上は「トライアル売上」と「リピート売上」の2つで構成されています。C/Pバランス理論で解説したように、リピート売上にもっとも影響するのは商品・サービスのPerformanceです。

リピート売上については、商品・サービスは一定の満足をしてもらえている(十分なPerformanceがある)という前提で、リピート売上を促すための考え方について解説します。

買回品・専門品の主要ルート①:トライアル売上

『売上の地図』で見る買回品・専門品のトライアル売上ルート

まずは、『売上の地図』を用いてトライアル売上につながるルートを解説します。

カテゴリーエントリーポイント(カテゴリーを想起するきっかけ、以下CEP)つまりニーズが起点です。ニーズが発生したとき、当該カテゴリー内においてそのニーズに応えられるというパーセプションが形成されている商品・サービス同士で比較されます。そのときに、自分たちの商品・サービスが真っ先に想起されるほど、売上に直結しやすいメンタルアベイラビリティが構築できていると言えます。

また、売上に大きな影響を及ぼしているのが「売り場」、つまりフィジカルアベイラビリティです。想起(メンタルアベイラビリティ)と売り場(フィジカルアベイラビリティ)の双方が売上につながるもっとも大きな変数です。そのうち、マーケティングコミュニケーションに関わる人にとって重要なのは想起です。想起を高めるためには、プレファレンスが高い状態である必要があります。そして、プレファレンスを高める要素は「価格」「ブランド・エクイティ」「製品パフォーマンス」の3要素です。

前回の最寄品と大きく異なるのは図において赤く強調している箇所です。最寄品の場合は、価格が安く、失敗リスクが小さいため、購入前に詳細な比較検討はされず購入後のクチコミもほとんど発生しませんでした。対照的に、買回品・専門品は価格が高く、失敗したときのリスクが大きいため、購入前に失敗を回避する(買った後の後悔を回避する)行動が取られる点が大きな違いです。

具体的には、購入前にしっかり情報探索され、比較検討が行われます。スペックなどの情報を知りたい場合は検索エンジンで検索され、情緒的・文脈的な情報を知りたい場合はInstagramも検索に用いられます。そのため、最寄品では重要度の低かった検索対策やオウンドメディアの重要度が高くなります。

またトライアル購入においては、実体験を伴った製品パフォーマンスは不明である一方で、レビューを参照することで、製品パフォーマンスを擬似的に取得できるようになったことが2000年以降に起こったもっとも大きな変化であると言えます。現在はレビューの取得が容易であるため、広告宣伝に多額の予算を投下したとしても、レビューが悪くなると売上が上がらないことも少なくありません。

ロイヤルカスタマーのレビューは、トライアル購入を促す重要な要素となる一方で、ロイヤルカスタマーからのレビューに期待を寄せすぎることは危険です。ロイヤルカスタマーがすべてのレビューを書いているわけではありませんし、レビューを働きかけたらレビュー数が劇的に増えるわけでもありません。買って失敗したと感じた人によるレビューは避けることはできませんし、レビューを書く件数はほとんどの場合一人につき一件です。購入者が多いほうがレビューが増えやすいという大前提はおさえておきましょう。

商品カテゴリーマトリクスで買回品・専門品の特徴を整理する

商品カテゴリーマトリクスにおいて、買回品・専門品は上半分に位置づけられる商品・サービスです。

買回品・専門品はカテゴリー関与度が高いことが代表的な特徴です。関与度が高い理由としては、長期間の使用が前提になること、価格が高いことなど、一度購入した後にすぐ買い替えることは困難なため、失敗リスクが高いからです。また、右上の象限に位置づけられる商品・サービスは、人生の中において「自分らしさ」「幸せを感じる」などの生きがいの源泉になることもあり、より関与度は高くなります。

左右の軸でも関与度の“質”が異なる点には注意が必要です。たとえば、保険の選択において多くの人は「自分らしさ」よりも、金額や適用される補償、カスタマーサポートの対応の良し悪しなどが選択基準になることが多いはずです。このように機能や性能などを客観的に比較する商材であり、比較軸が「失敗したくない・損したくない」になりやすいのが左上の象限に位置づけられる商品・サービスです。

対照的に右上の象限は、先述の通り「生きがい」につながる買い物になることもあり、少しばかり機能・性能が劣っていたとしても「こっちが好きだから買う」という理由で選択されることがあります。

買回品・専門品のポイントを整理します。

繰り返しになりますが、購入頻度が低く、価格が高く、失敗リスクが大きいため、買回品・専門品は関与度が高くなります。だからこそ、購入前の情報探索がしっかり行われます(システマティック処理)。システマティック処理とは、以下の図に表す二重過程理論におけるシステム2のことを表します。

二重過程理論とは、人間の情報処理を2つに分類して説明する考え方です。単純化すると、「深く考えず、瞬時かつ瞬間的に判断する」システム1と、「知識や経験、取得した情報を用いて筋道を立てて論理的に判断・選択する」システム2に分類できます。

最寄品の購入はシステム1が用いられることがほとんどです。すでに脳の中にある知識・経験などで瞬時に判断して購入しています。その際に、脳内に蓄積された情報の探索を、瞬時に、そして無意識下で行っています。省エネで使えるのがシステム1の特徴です。

買回品・専門品の購入時には、まず省エネで済むシステム1を働かせますが、すぐにシステム2に切り替わります。たとえば、エアコンが壊れて買い替えを検討するとき、最新のエアコンに関する情報が無いため、システム2に切り替えて情報探索を行うようなイメージです(多くの場合、壊れたからすぐにAmazonでいつものやつを買う、みたいな行動にはならないはずです)。システム2を用いて、脳の外にある情報の探索に取り組みます。そのため、システム2は体力を使います。カテゴリー関与度が高い商品カテゴリーでなければ、能動的に情報探索を行うような関与度の高い状態になるシステム2は発動しません。

また、生活者それぞれが持っている知識・経験によってシステム2が働く場合とそうでない場合があります。たとえば、海外旅行に年に複数回行っている人よりも、初めて海外に行く人のほうがシステム2を使う割合や時間が長くなります。

最寄品はシステム1、買回品・専門品はシステム2という単純な区分ではなく、商品・サービスによってどちらの働きが強くなるかはグラデーションであることを認識しておくことが重要です。できるだけ体力を使うシステム2の利用を回避しようとする(システム1をできるだけ使用する)のが自然な働きです。購入シーンにおいてどのようにシステムが切り替わるのかを考えてみることも良いでしょう。

「いますぐ客」と「そのうち客」

最寄品の場合は、ほとんどの人がニーズが常にONであり「来年洗濯しよう」と考える人はいない(来年、洗濯用洗剤の顕在顧客になる消費者は少ない)ように「そのうち客」は多くありません。対照的に、買回品・専門品はニーズがほとんどOFFの状態です。家電は買い替えが7年前後と言われ、エアコンは13年だと言われています。住居の住み替えは一生のうちに数回しかありません。家を建てるのは一生に一回あるかないかであることがほとんどです。

このように、ごく一部の「いますぐ客」の裏に、膨大な「そのうち客」が存在していることが買回品・専門品における最寄品との大きな違いです。「そのうち客」のニーズはマーケティングによってONにできるものではありません。たとえば、「引っ越そう」というニーズそのものをマーケティングで喚起することは困難です。

マーケティングにおける評価は単年度での会計年度を基準に行われることが一般的です。

もちろん、「いますぐ客」に購入いただくための施策は欠かせません。競合他社すべてが力を入れている領域であるため、何もしなければ負けるけれども、最注力したからといって勝てるわけではない領域であると言えます。長い潜在期において、「そのうち客」を育成できていたのかどうかの重要度が高まっています。

想起の重要性

買回品・専門品のマーケティングにおいて特に重要なのが想起です。長い潜在期を経て、ニーズが顕在化したタイミングで自社のブランドや商品・サービスが想起されれば、購入されやすくなります。その状態は自然に作ることはできず、マーケティングコミュニケーションの力が欠かせません。以下のブランドカテゴライゼーションにおいても、買回品・専門品は最寄品と異なる特徴があります。

それは、購入前に時間をかけて比較検討される買回品・専門品においては、そもそも想起されなければ比較検討の土台にさえ乗せてもらうことが難しくなるということです。第一想起で競合他社のブランドや商品・サービスが想起されている場合、その顧客に自社の商品・サービスを購入してもらうことは非常に困難です。

買回品・専門品における購入前の「真実の瞬間」

トライアル売上の「真実の瞬間」において、顧客がどのように評価しているかを整理しましょう。トライアル売上ですので「ZMOT(買う前の評価)」と「FMOT(買う瞬間の評価)」を抜粋します。

買回品・最寄品ではZMOTの重要性が特に高くなります。もちろんFMOTも重要です。いかに良いZMOTがあったとしても、店頭での体験が最悪だと購入してもらえないので、FMOTで競合他社に負けることはあってはいけません。どちらか一方ではなく、両方重要であることに変わりはありません。

以下の図を用いてZMOTをさらに深堀りします。

最寄品と異なる点は、買回品・専門品はZMOTが2段階あるということです。まず、最寄品と同じく想起に影響するZMOTがあります。最寄品の場合は比較検討に時間をかけないため、そのまま店頭で想起したものを買うというステップになりますが、比較検討に時間をかける買回品・専門品は検討に影響するZMOTがあります。

検討に影響するZMOTにおいては、オウンドメディアに顧客が欲する情報が充実していることと、レビューの重要度が高くなります。

マーケティングコミュニケーションファネルマップで見る「打ち手」

マーケティングコミュニケーションファネルマップで見ると、最寄品における有効な施策はそう多くありませんでした。以下は最寄品におけるマーケティングコミュニケーションファネルマップです。

一方で、「そのうち客(潜在顧客)」の重要度が高く、「比較検討」に時間がかけられ、ロイヤルカスタマーの存在感が高まる買回品・専門品のマーケティングにおいては、活用できる手法の幅が広くなります。以下が、買回品・専門品におけるマーケティングコミュニケーションファネルマップです。

利用継続中における「真実の瞬間」

買回品・専門品は購入後、長い間利用されることになります。そのため、使用を続けるなかで行われる評価(TMOT)は上書きされ続けます。

買回品・専門品においては、買ってもらったら終わりではなく、利用を続ける中で商品・サービスを「買ってよかった」とできる限り多い頻度で自覚してもらうためのコミュニケーションも欠かせません。以下の図のとおり、SMOTやTMOTでの評価によって生まれたクチコミが、新規顧客(図では受信者)におけるZMOTになるからです。

買回品・専門品の主要ルート②:リピート売上

リピート売上においては製品パフォーマンスが評価されている状況にあるため、失敗を回避したいという意識と、できるだけ脳に負担をかけずに情報処理をしたいという前提を踏まえると、製品パフォーマンスがあることで有利なポジションを築きやすくなります。

もちろん買い替え時においても比較検討が行われることがほとんどです。一方で、リピート購入時においても、失敗したくないというリスクを回避したい心理は働くため、(製品パフォーマンスに満足できていれば)失敗しないことがわかっている利用中の(あるいは利用経験のある)商品・サービスが選ばれる確率は上がります。

まとめ

  • 買回品・専門品は購入頻度が少なく、価格が高い商品・サービスであり、失敗のリスクが高いため、高関与である。そのため、システマティックに比較検討を行ったうえで購入されることがマーケティング戦略上における大前提である
  • システマティック処理によって購入されるということは、二重過程理論におけるシステム2の利用が増えることを表す。「最寄品はシステム1」「買回品・専門品はシステム2」のように明確に区別ができるものではなく、脳はできるだけシステム1を使おうとするという前提をおさえておく必要があり、システム1と2の利用はシーンによってグラデーションであると考えておくほうが望ましい
  • 買回品・専門品におけるマーケティング活動は、「そのうち客」に対する活動の重要度が最寄品と比べて高くなる
  • 購入時にしっかり比較検討が行われる買回品・専門品においては、想起されなければそもそも検討の土台にさえ乗せてもらえない。競合他社の商品・サービスが第一想起ポジションを獲得している場合、その顧客を自社に引き入れることは困難になる
  • 買回品・専門品におけるZMOTは、想起に影響するZMOTと検討に影響するZMOTの2つが存在する。検討に影響するZMOTにおいては、オウンドメディアに情報が拡充されているかどうかと、好意的なレビューがあるかどうかが影響する
  • 買回品・専門品のマーケティングにおいては、比較検討時におけるレビューがZMOTに影響を及ぼすが、そのレビューは利用者のTMOTによるものであるという構造を理解しよう

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