マーケティング戦略理論講座 コミュニケーション対応 効果的な情報伝達に必要なこととは 振り返りレポート
『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ)を教科書に用いた連続講座の第10回です。
マーケティング従事者がおさえておくべき基本理論について、本書の各章ごとに解説します。
今回の対象範囲は以下のとおりです(第Ⅲ部 第10章)
▼今回取り上げる内容
・マーケティングにおけるコミュニケーション
・マーケティング・コミュニケーションの領域
・コミュニケーション・ミックス
・広告対応
・セールス・プロモーション対応
いかに良い商品・サービスであっても、生活者から存在を認識してもらえなければ売上につなげることはできません。商品・サービスのユニークなポイントを知ってもらったり、興味を持ってもらったり、他社との違いを知ってもらったりするためには、価値を伝えるためのマーケティングコミュニケーションが欠かせません。
マーケティングコミュニケーションの目的とはなにか?
価値を伝える、という一点において手段は数多く存在しています。マーケティングコミュニケーション手法を一枚のファネルマップに集約したのが以下の図です。
潜在顧客から購入までを示すファネルの左側が、トライアル購入を促す(買ってもらうため)の手段であり、プリマーケティングと呼ばれます。
対して、再想起からロイヤル化までを示すファネルの右側が、リピート購入を促すための手段であり、ポストマーケティングと呼ばれます。
マーケティングコミュニケーションの手法において認識しておくべきことは、どんな課題も解決できる「万能薬」は存在しないということです。マーケティングコミュニケーションによって対応しなければいけない課題は幅広く、まるで医者が診察を行い、病気を特定した上で最適な処方を行うように、課題に合わせて最適な手法を選択することが求められます。
マーケティングコミュニケーションの目的は、ターゲットとなる消費者や既存顧客の意識や態度を変え、行動を変える後押しをすること、と池田は定義づけています。
知ってもらうこと・興味を持ってもらうこと・深く理解してもらうことが、消費者の意識を変えるということです。そして、態度とは商品やサービスに対して抱く態度のことを表します。人は人に対してだけでなく、商品・サービスに対しても態度を形成します。好きか嫌いか、と言っても差し支えはありません。よく知っている商品・サービスなのに、嫌いだから使いたくない、という経験があるのではないでしょうか。
次に、池田が考案したフレームワークである『売上の地図』において、マーケティングコミュニケーションと売上の関係を整理しましょう。
図において、赤枠・赤文字となっているのがマーケティングコミュニケーションの手段であるPESOメディアを表しています。PESOメディアとは、ペイド(Paid)メディア、アーンド(Earned)メディア、シェアード(Shared)メディア、オウンド(Owned)メディアそれぞれの頭文字をとったものです。
『売上の地図』によれば、売上にもっとも大きく影響する変数が「想起」と「売り場」です。想起とは想起集合(購入時に前向きに購入を検討する選択肢の集合体)に入ることを指します。
想起を上げるための変数がプレファレンスです。プレファレンスとは「自社が選ばれる相対的な確率」のことを表し、「頭の中で振られるサイコロで自社を示す出目が出る確率」と考えてみましょう。
サイコロの出目は一定ではなく、マーケティングコミュニケーション施策によって高めることができます。プレファレンス向上のための変数が、価格とブランド・エクイティ、製品パフォーマンスです。
そして、ブランド・エクイティを高める方法こそが、PESOメディアによるマーケティングコミュニケーションです。そのため、マーケティングコミュニケーションの目的は、PESOメディアを駆使して想起を高める(そのためにブランド・エクイティを上げてプレファレンスを上げる)と言い換えることもできます。
先ほどマーケティングコミュニケーションの目的は、消費者の意識や態度を変え、行動を後押しすることと解説しましたが、その結果として想起集合に入らなければ購入時に検討さえしてもらうことができません。よくある誤りが「認知されていれば買ってもらえる」と考えてしまうことです。
元ユニリーバで、現在はBrandismの代表を務める木村さんの書籍『ブランド・パワー』より引用した以下の図がわかりやすいのでご紹介します。
上記の図によれば、想起集合に到達するためには、知ってもらうことだけでは足りず(認知の量を増やすだけでは足りない)、認知の「質」を高めていくことが求められることがわかります。認知の「質」を高めていくこととは、興味関心を持ってもらうこと・比較検討の土台に含めてもらえること、そして想起集合に入るブランドになれているのかが重要な観点です。
抽象化されたフレームワークの注意点
教科書ではコミュニケーションの反応プロセスとしてAIDAモデルやAISASモデルが紹介されています。このモデルは汎用性の高いものである一方、自身がマーケティングを行う環境に合わせて具体化して考える必要があることに注意しましょう。たとえば、洗濯用洗剤を購入するときに、AISASにおけるS(Search:検索)やS(Share:共有)が行われることはほとんどないはずです。
また、同様に注意が必要なものとしてカスタマージャーニーマップを池田は取り上げます。カスタマージャーニーマップは完成しても現実に即していなかったり、期待・希望・願望ばかりが詰まっていたりすることも少なくありません。
カスタマージャーニーマップにおいて注意すべきは、すべての消費者のジャーニー(購入までの道筋)が一直線に進むわけではないということです。途中で離脱したり、逆行したり、分岐が発生したりします。カスタマージャーニーマップの作成時に行うときに欠かせないのは、消費者の立場に立って「普通はこうするよな」ということを素直に考えることです。すると、逆行や離脱してしまう瞬間が明らかになるため、それをどうやって防ぐのかという打ち手を考えるのが正しいアプローチです。
誤解を招きがちなPushとPullという言葉の整理
コミュニケーションミックスにおいて、Push施策とPull施策について教科書で触れられていますが、マーケティングの現場ではこのPush施策とPull施策が混同されがちなので注意しましょう。
マーケティングコミュニケーションにおけるPush施策とは、人的営業や販促など、購入を後押しするための施策を表し、Pull施策とはメディアを通して「伝える」活動を行うことによって、買ってもらうのを待つ施策のことを指しています。
一方で、メディアや広告手法が多彩になった結果、上記の分類においてはPull施策とされるにも関わらず、Push広告・Pull広告と分類される場合があります。業務を行う現場での会話で頻出する言葉なので、認識のズレが発生しないよう注意しましょう。
Push広告を押し出す広告・すりこむ広告・差し込まれる性質を持つ広告、Pull広告を、掲出して待つ・引き寄せるような性質を持つ広告と整理したときに、マーケティングファネル上の施策を色分けすると以下のように分類できると考えられますので、参考にしてください。
メディアミックスからクロスメディアへの変化とIMC
メディアミックスとは、同じメッセージが複数メディアから発信される状態のことを指します。たとえば、テレビCMのクリエイティブをインターネット上の動画広告で使用するなどがあります。メッセージ・クリエイティブが同一であることが特徴です。
一方で、いまはクロスメディアで考えることが一般的です。メディアミックスが複数のメディアで同一メッセージ・クリエイティブだったことに対し、クロスメディアの考え方では、メディア同士の連動性や、メディアごとの最適化が求められます。
たとえば、テレビCM用に作られたクリエイティブは、テレビというメディアが持っているメディアコンテクストに最適化されています。メディアコンテクストとは、そのメディアに接する消費者の状態や態度、接し方などです。メディアコンテクストが違うメディアにおいては、それぞれのメディアに最適なクリエイティブやメッセージを用意すべきです。
近しい考え方として、IMC(Integrated Marketing Communication:統合マーケティングコミュニケーション)という言葉が叫ばれて久しいですが、その実現は非常に困難であると池田は指摘します。なぜなら、統合すべきマーケティング施策の実行が、組織によって分断されていることがほとんどだからです。
また、IMCの一部とされやすいソーシャルメディアやSNSは、他のメディアとは異なり消費者にとって空気のように当たり前の存在になりました。ソーシャルメディアやSNSありきで各メディアでのコミュニケーションを考えることが不可欠な時代になったと言っても過言ではないでしょう。
広告対応とPESOメディアそれぞれの強みと弱み
広告計画の基本は、売上目標に対して広告目標を決め、メッセージを検討し、出稿する媒体を決めて、最後に効果測定を行うという流れが一般的です。
厳密に言うと広告のみでなく、PESOメディアをそれぞれどのように扱うのかについても上記の流れに準じることが望ましいと言えます。そのために、各メディアのできること・できないことや強み・弱みを理解しておくことが欠かせません。
過去の講座でPESOメディアそれぞれの強みと弱みを細かく解説していますので、本記事ではポイントを抜粋して紹介します。
ペイドメディア
ペイドメディアが得意とするのは認知獲得です。一方で、知ってもらえさえすれば、信頼や興味も獲得できるわけではありません。広告に対する「広告臭さ」に現代の消費者は敏感であり、「広告だから良いこと言ってるだけ」と捉えられることも少なくありません。ペイドメディアは認知獲得メディアと考えると良いでしょう。
アーンドメディア
露出される具体的なメディアはペイドメディアと同じである一方で、アンコントローラブルかつ第三者の発信由来であることから、ペイドメディアとは異なり信頼と興味が獲得しやすいメディアです。「このラーメン屋に行列ができています!」のようなことが情報番組で言われており、興味を持った経験がある方も多いのではないでしょうか。
一方で、露出量と露出内容はペイドメディアと違ってコントロールすることはできません。アーンドメディアは興味・評判・信頼獲得メディアであると考えましょう。
オウンドメディア
オウンドメディアは、検索によってたどりついた先に存在するメディアです。検索されるということは、すでに認知・興味喚起されており、もっと知りたいから(用があったから)訪問してくれる消費者に向けて情報を提供するメディアだと考えましょう。そのため、オウンドメディアは理解促進メディアだと考えることができます。
シェアードメディア
シェアードメディアは、人間味のあるコミュニケーションによって共感を獲得しやすいメディアであり、興味・共感・意向獲得メディアであると言えます。一方で、シェアードメディアの一つであるSNSは、ペイドメディア・アーンドメディア・オウンドメディアそれぞれの性質をもちあわせたメディアです。SNS=シェアードメディアと囚われずに、PESOメディアのうち、どれに近しいことができるのか、という観点で考えることも重要です。
まとめると、以下のようになります。PESOはそれぞれ強み・弱みがあるため、実際のマーケティングコミュニケーション活動においては、使い分け・組み合わせが求められます。
まとめ
- マーケティングコミュニケーションには多くの手法が存在する一方で、どんな課題にも有効な万能薬のような手法は存在しない。まるで医者が診断・診察・処方を行うように、課題に対して適切な手法を選択できるようになることが不可欠
- マーケティングコミュニケーションの目的は意識・態度を変えて行動を後押しすること、そして想起集合に入れてもらうことにある。認知を獲得する・広げるだけでは不十分であり、興味を持ったり比較検討してもらったりするためには、認知の質にも目を向ける必要がある
- AIDAやAISASのように抽象化されたモデルは使い方に注意。自分たちの商品・サービスをモデルを当てはめたときを消費者の立場に立って考えることが大事
- メディアにはメディアコンテクストがあり、メディアごとにクリエイティブやメッセージを最適化させることや、メディアごとに連動させることが必要。複数のマーケティングコミュニケーション施策を統合させることは究極の理想だが、多くの場合施策ごとに組織が分断されていることが多く、IMCの究極の理想を叶えることは非常に難しい
- PESOメディアにはそれぞれ強み・弱みとできること・できないことがあるため、それぞれの特性を正しく理解すること、そして適切に使い分けることが重要