マーケティング戦略理論講座 流通チャネル対応 環境変化に対応するチャネル戦略の姿 振り返りレポート
『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ)を教科書に用いた連続講座の第12回です。
マーケティング従事者がおさえておくべき基本理論について、本書の各章ごとに解説します。
今回の対象範囲は以下のとおりです(第Ⅲ部 第11章)
▼今回取り上げる内容
・流通チャネル対応の体系
・チャネルの選択
・チャネルの管理
・これからのチャネル対応
流通は売上に直結する大きな二つの説明変数「メンタルアベイラビリティ」と「フィジカルアベイラビリティ」のうち、後者に直結します。マーケティングは市場の環境変化にフィットすることが至上命題となりますが、「買われ方」も日々変わっていくことを意識することが欠かせません。
チャネル政策のマーケティング上における特性
4Pのうち製品・価格・コミュニケーションとは異なり、流通政策は長期にわたって固定されやすく、自社だけで完結することが難しいという特性を持ちます。メーカーは自身で消費者に向けた販売活動をしていないことがほとんどであり、取引相手(卸や小売店)の影響力を大きく受けます。
チャネル政策は消費者の立場からすると目に見えにくいものなので、イメージしづらい領域だと言えるでしょう。店舗を訪れたり配送の様子を見かけたりすることがあっても、流通の全体像や狙いは見えにくいものです。流通に関する基本的な知識を身に着けておくことが、自社や競合の取り組みについての解像度を上げて理解するためのポイントになりやすい領域でもあります。
丸暗記しておくべき3つのチャネル政策
開放的・選択的・排他的チャネル政策と、どの商品カテゴリーがどの政策を用いやすいのかをおさえておきましょう。
開放的チャネル政策は、最寄品など日常的に購入される商品カテゴリーで選択されます。選択的チャネル政策は薬・化粧品・家電など、そして排他的チャネル政策は高級車やラグジュアリーブランドなどが選択します。
フィジカルアベイラビリティとは「買い求めやすさ」を表しますが、フィジカルアベイラビリティは高ければ高いほどよい(いつでもどこでも手に入る状態にある)ことは、主に日用品が該当します。
たとえばラグジュアリーブランドはフィジカルアベイラビリティをあえて限定することで、ラグジュアリーブランドらしさを際立てていると言えます。あらゆる商品カテゴリーが多くの店に置いてあることが正解である、というわけではありません。
垂直的マーケティングシステムが志向される理由
垂直的マーケティングシステム(VMS:Vertical Marketing System)とは、製造から販売までの流通を一本化し、統合的にマネジメントすることで効率を高めるシステムのことを指します。VMSが志向される理由は、メーカー・卸・小売店はそれぞれ別会社であり利害が一致しないので、これを一本化(統合)することで効率を高めることを実現するためです。
VMSは以下3つの形があります。
企業型VMSの代表例はファストファッションなどのSPA(製造小売業)です。具体的な企業名を挙げると、ファーストリテイリング(ユニクロ)、GAP、H&Mなどです。アパレル以外だと、ニトリやIKEAも該当します。
管理型VMSは、メーカーが圧倒的な影響力を持っている企業が採用するVMSであり、子会社等が卸・小売の機能をまかなっている自動車メーカー(トヨタ自動車など)が該当します。そして契約型VMSはコンビニやファミリーレストランなどで採用されています。
VMSは製造・卸・小売を一本化することで(垂直統合することで)効率化を志向するものですが、リスクが大きくなるためすべての会社が採用できるものではありません。教科書の第Ⅰ部第3章(本連続講座の第3回)で似た概念として垂直統合多角化について解説しましたが、考え方は似ています。
垂直統合によって別会社である卸・小売に支払っていたマージンが不要になるため利益向上に貢献しますが、業績が苦しくなったときには人件費などの固定費負担によって赤字リスクは高まり、人員削減や業務改革などを容易に行えるほど小回りがきかないことがリスクとなります。
異なる会社同士がWin-Winになるように、パートナーシップや戦略的な業務提携によって効率的に統合に取り組むことをめざしているのが契約型VMSです。
※契約型VMSの理解を助ける取引コストと中間取引の考え方については、第3回のこちらの解説を参照してください。
EC化率とパワーコンフリクト論
チャネル構造は時代によって変化していますが、なかでも代表的なものがECの台頭です。以下は、経済産業省が発表している各カテゴリーのEC化率と変化率を表しています。
食品・飲料・酒類などは2022年で4.16%とほとんどEC化は進んでいません。要因を挙げるとすれば、以下のような問題を抱えているためです。
- 既存チャネル(卸や小売店)に気を使わなければならない
- どこでも手に入り、購入単価が低いのでわざわざオンラインで購入する必然性が低い
- 消費者にとってメーカーの直販サイトで購入する必然性が低い
- そのためLTVを上げることが難しい
- 顧客獲得コストや維持コストが高くなる(割に合わない)
1点目に関連することとして、メーカーの流通チャネルにおいては(垂直統合していない限り)異なる企業との協力関係が欠かせません。一方で、先述したように利害関係が異なる企業同士においては、あらゆるポイントでコンフリクト(衝突)が起こってしまいがちです。これをパワーコンフリクト論と言います。チャネルにおけるコンフリクトの解消は流通に関わる人たちの永遠の課題であると言えるでしょう。
延期と投機を理解するヒント
延期と投機の考え方は、注文後に握った寿司が出てくる寿司屋と回転寿司の違いで考えるとわかりやすくなります。前者が延期、後者が投機です。
回転寿司(投機)は、寿司を用意したにも関わらず廃棄されてしまうリスクがありますが、投機のもっとも大きなリスクはこの廃棄ロスにあり、特にアパレル業界における大量の服の廃棄は社会問題にもなりつつあります。このような廃棄ロスを減らすため、同時に機会損失を防ぐためにできるだけ販売量と同等の製造もしくは流通を行うこと、それが今後の流通におけるキーワードの1つであると考えられます。
まとめ
- チャネル政策は中長期的に固定されやすく、むやみやたらに変更することができない。また自社だけで完結できないことも多く、取引相手の影響力を大きく受ける領域である
- 3つのチャネル政策(開放的・選択的・排他的)は商品カテゴリーごとにどの政策を採用しやすいのかをセットで覚えておくことを推奨する。フィジカルアベイラビリティを高めることは売上を上げるための重要な変数ではあるものの、「いつでもどこでも買えること」はありとあらゆる商品カテゴリーにおいて正解ではない(ラグジュアリーブランドなど)
- 不効率やコンフリクトを招きやすい流通を垂直統合することで効率化することは特定の業界で行われているが、統合にはリスクもつきまとう
- EC化率はありとあらゆる業界で進んでいるわけではなく、食品・飲料・酒類などはほとんど進んでいない。経済的なメリットが低いこともあるが、EC化率を押し進めることは卸・小売との関係悪化にもつながってしまう。このようなコンフリクトの解消は流通に関わる人の永遠の課題であると言える
- 延期と投機は寿司屋の例で考えるとわかりやすい。投機は廃棄ロスによるリスクが大きいため、できるだけ販売量と製造量・流通量を揃えて、廃棄ロス・機会ロスの双方を減らすことをめざす必要がある