『売上の地図』を徹底解説丨売上の因果構造と想起のメカニズム
最終更新日:2026.7.17
作成日:2026.7.17
めまぐるしく変わる市場環境の中で、たくさんのマーケターが「売上が増えない」「施策の効果が見えない」という問題に直面しています。本記事は、売上が生まれる複雑な因果の構造を可視化したナレッジ『売上の地図』の基本概念から、想起のメカニズム、そして組織内での共通言語化にいたるまでを詳しく紹介します。
部分最適な施策に終始してしまうチームや、来期以降に向けた中長期的なブランド投資の重要性を社内に浸透させたいと考えているリーダーにとって、解決への確かな糸口となるでしょう。
要点まとめ
- 売上はあくまで「結果」であり、これを引き起こす原因となるインプットのデザインが不可欠
- 「コンセプト力(買う前に買いたいと思わせる力)」がトライアル売上を作り、「パフォーマンス力(購入後に使用して『また買いたい』と思わせる力)」がリピート売上を作る
- 売上を左右するのは想起(メンタルアベイラビリティ)と売り場(フィジカルアベイラビリティ)。最寄り品は売り場が極めて重要
- 最寄り品と買回り品で生活者の行動は異なる。コントロールできる変数に資源を集中するべき
『売上の地図』では20個の説明変数を構造化
マーケティングの現場では、日ごろから「売上」「生活者数」「LTV」といった重要指標を追いかけ、その数値の上下に一喜一憂してしまいますが、これらはすべて直接コントロールすることのできない「結果」にすぎません。
売上という結果の裏には、必ずそれを引き起こす原因が存在します。売上を増やすために必要なのは、そこに至るインプットをいかにデザインするかに他なりません。
また、一部の指標だけを改善すれば全体が良くなるというような単純な構造でもありません。売上が下がっている場合、さまざまな要因が少しずつボトルネックとなって掛け合わされた結果、最終的な出力として下がっているということが多くあります。

『売上の地図』は、株式会社トライバルメディアハウス代表の池田が約30年のマーケティング実務集大成として体系化した、売上の影響を与える主要変数の構造化スキームです。
『売上の地図』では、大きく商品力や広告など売上の影響を与えている要因を説明変数、それを受けて発生した売上を目的変数とし、売上に影響を与える変数の全体像を把握することができます。マーケターは1つひとつの変数をどのように調整すると、限られた資源を有効活用しながら最終的な売上に影響を与えられるのか、ということを考える必要があるということです。
全ての変数が構造的につながっている様子は、さまざまな変数を通過して初めて最終的な豆電球が光る構造の「電子回路」に近いイメージです。豆電球の光量が弱い、つまり売上が想定よりも上がらないとき、「どこが断線しているんだろう」「どこの抵抗が悪くて電力が落ちているんだろう」という思考で考えていきます。
売上は2種類ある丨トライアル売上とリピート売上
売上の因果関係を解き明かすための基本理論に「C/Pバランス理論」があります。これは、商品開発においてグループインタビューの礎を築いた梅澤伸嘉氏が提唱した「消費者は二度評価する」という考え方をベースにしています(梅澤伸嘉著『消費者は二度評価する』丨ダイヤモンド社丨1997年)。
売上には「トライアル売上」と「リピート売上」の2種類があります。「C(コンセプト力)がトライアルを作り、P(パフォーマンス力)がリピートを作る」 というのがこの因果構造の根幹です。
CとPの定義
C(Concept:コンセプト力)は「買う前に、その商品を買いたいと思わせる力」 です。まだ商品を使用・体験していない生活者が、広告やパッケージ、評判などを見て「良さそうだな」「試してみたいな」と感じる力であり、「トライアル購入(1回目の購入)」 を規定します。
P(Performance:パフォーマンス力)は「買った後に、実際に使って『また買いたい』と思わせる力」、言い換えると商品、サービスの満足度です。味、使いやすさ、耐久性、あるいはその商品を持つことで得られる感情など、実際の体験価値を指し「リピート購入(2回目以降の購入)」を規定します。
4つの売上パターン丨コンセプト力とパフォーマンス力の強弱による
コンセプト力とパフォーマンス力の組み合わせによって、商品の売上推移は次の4象限に分類されます。

象限1:C【弱】× P【弱】(敗者)
コンセプト力もパフォーマンス力も低い場合です。買う前から商品に魅力を感じることがなく、買ってからも満足しない状態です。トライアルもリピートも起こらないため売上は上がらず、維持もしません。残念ながら、世の中の新商品の大半がここに分類されます。
象限2:C【強】× P【弱】(ロケット型・失速パターン)
コンセプト力は強く、パフォーマンス力が弱い場合です。大々的な広告やプロモーションで、買う前の期待値(コンセプト力)を高めるため、初動のトライアル売上は勢いよく立ち上がります。一方で、商品そのものの品質や満足度(パフォーマンス力)が伴っていないため、一度買った生活者が「なんだ、こんなものか。次はいつもの商品でいいや」と離反し、売上は急勾配で落ちてしまいます。大企業が多額の予算を投じた新商品でよく見られるパターンです。
象限3:C【弱】× P【強】(クチコミ型)
コンセプト力が弱いが、パフォーマンス力は強い場合です。伝える力が弱いため初動(トライアル)の勢いは鈍いのですが、実際に使った顧客の満足度が高いため、じわじわとクチコミでリピーターが増え、売上が着実に伸びていくパターンです。ただし、現代のリアル店舗(コンビニやスーパー)はPOSレジによる徹底した単品管理を行っているため、初動で売れないとわずか2〜3週間で棚から落とされてしまいます。そのため、リアル流通においてこのルートで生き残るのは非常に難しく、EC(ネット通販)などでしか実現しにくくなっています。
象限4:C【強】× P【強】(勝者)
コンセプト力もパフォーマンス力も強い場合です。買う前にも強く惹かれ、使った後も期待以上の満足を得られるためトライアルが伸び、さらにその顧客が優良なリピーターになります。売上がきれいに右肩上がりに成長する理想的なパターンを達成できる新商品は、全体の数%程度しか存在しません。
ここでわかるのは「マーケティングコミュニケーション(広告、PR、SNSなど)の力だけでリピート売上を向上させることは不可能である」 という点です。マーケティングコミュニケーションがアプローチできるのは、主に「コンセプト力(買う前に買いたいと思わせる力)」の部分のみです。商品そのものの実力である「パフォーマンス力(使った後の満足度)」が低い場合、どれほど優れたクリエイティブで広告を打っても、リピーターは増えません。
それにもかかわらず、多くの企業が「リピート売上が上がらないのは広告やプロモーションのやり方が悪いからだ」と、コミュニケーション担当にその責任を背負わせています。これは、診断と処方を見誤ったマーケティングにおける「医療ミス」の典型です。
売上を左右する2大重要変数丨メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ
『売上の地図』において、もっとも重要な説明変数となるのが「メンタルアベイラビリティ」と「フィジカルアベイラビリティ」です。メンタルアベイラビリティは「真っ先に思い出してもらえるか(想起)」、フィジカルアベイラビリティは「買いたい時に買いやすい状態になっているか(売場)」に言い換えられます。売上を増やすためには「想起」「売り場」が重要です。
どちらの方が重要かといえば(商材によりますが)、一般消費財は50~80%が「買い求めやすさ(フィジカルアベイラビリティ)」で決まります。どんなに想起されても、売場になければ買えず、反対に広告をうたずとも売り場にあれば売れるということです。そしてフィジカルアベイラビリティはメンタルアベイラビリティに影響を及ぼしています。スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどで販売されている一般消費財は、いつも店頭に置いてあって目に留まること自体が、思い出しやすさに影響を与えています。
認知よりも想起、さらには第一想起
広告をはじめとしたマーケティングコミュニケーションでは、「認知」ではなく「想起」を重視します。認知度は、言われれば知っている、商品名を聞くとわかるという「助成想起」ですが、それ以上にニーズが顕在化したときに頭に思い浮かぶ好意的な選択肢の集合体「想起集合」、さらには真っ先に頭に思い浮かぶ「第一想起」を獲得することこそが重要です。
メンタルアベイラビリティを理解するために知っておきたい枠組みがあります。それが、ブランドカテゴライゼーションです。

すべて、ブランドは左端からスタートし、右上に勝ち残ったブランドが勝利するトーナメント戦のような見方で捉えてください。
はじめに「知名集合」と「非知名集合」にわけられます。知っているか、知らないか。知らない商品は購入されないので「知名集合」に入っていることは大前提です。一方で、スーパーの棚を思い浮かべると分かると思いますが、「知っているけど買ったことはない」商品も多くあります。認知されているだけでは買ってもらえません。次に「処理集合」。知っている上で、ある程度商品の特徴を理解してもらえているかどうか、という意味です。
そして「想起集合」とは、ニーズが顕在化した時に頭に浮かぶ好意的な選択肢の集合体のことで、検討候補に残るブランドと言えます。米ハーバード大学のジョージ・ミラー教授によると、人間が選択肢を正確に順序付けできる刺激数は5個~9個とされていますが、株式会社トライバルメディアハウスが2026年1月に公開した消費者調査レポート『第一想起白書2025』では、想起集合に入るブランド数は平均2個以下であると示しています。

「ビールといえば?」「ポテトチップスといえば?」と聞かれて思い浮かぶものが想起集合です。さらに、その中で最初のポジションを獲得しているのが「第一想起」です。多くの場合、カテゴリーシェアでトップのブランドが第一想起され、これは「ダブル・ジョパディ」という法則で説明できます。ダブルジョパディの法則とは、「マーケットシェアが高いブランドは購買客数が多く、またこれらの購買客は行動的ロイヤルティーも態度的ロイヤルティーも高くなる」という法則です(バイロン・シャープ著『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』丨朝日新聞出版丨2018年)。シェアが高いから第一想起され、第一想起されるからシェアが高くなる、という双方の因果関係があるのです。
想起集合に入れなかった惜しいブランドは「保留集合」に入ります。知っていて(知名集合)、商品の特徴をある程度知っているものの(処理集合)、想起集合に入れていない集合体のことです。もし担当商品が保留集合に入っているのなら、マーケティングの最重要課題は想起集合に入ることです。想起集合に入るには、広告によって認知を獲得することではなく、生活者のニーズが顕在化する具体的な文脈=CEPs(カテゴリーエントリーポイント)と自社の結びつきを強化することが欠かせません。
最後に、「拒否集合」は「知っていて、理解した上で、絶対に買いたくない」と思われている状態です。ここに入ってしまう理由は、自分自身の最悪なブランド体験か、身近な人からの悪いクチコミが挙げられます。拒否集合から復活することは難しいため、思い切ってブランド名を変更するなどの対応をとる場合もあります。
想起集合や第一想起が重要である点を説きましたが、この「想起」も出力なのです。想起を上げるためには、何らかの入力をしなければいけません。その入力が「プレファレンス」です。プレファレンスという力が上がることで、結果として想起が上がります。
最寄り品と買回り品のアプローチの分断
ブランドがとるべきアプローチは、扱う商品に対してどのような購買行動をとられるのかによって大きく変わります。商品カテゴリーを最寄り品と買回り品・専門品に大別して見てみましょう。
最寄り品(低関与商材)
日常的にスーパーやコンビニ、ドラッグストアで購入されるような、価格が安く購入の失敗リスクが低い商材です。生活者は直感的なヒューリスティック処理で意思決定を行うため、購入前の事前の検索やレビュー比較はほとんど行われません。そのため、テレビCMやパブリシティ、店舗での視認性を高めて思い出してもらい、すぐ買える状態にすることが主軸となります。
買回り品・専門品(高関与商材)
車や家電、住宅などの購入頻度が低く高額な商材です。これらは意思決定のリスクが高いため、生活者は理性的なシステマティック処理を行います。購入の検討に際しては、まず想起集合によって大まかな候補を絞り込んだ上で、Webサイトやクチコミサイト、ソーシャルメディアにあるUGCなどのレビューを精緻に確認したうえで店舗やECサイトに訪れます。

このように、商品カテゴリーの特性を誤って一括りのプロモーションを実行してしまうと、大きな予算のミスマッチを誘発することになるため、自社ブランドの立ち位置をあらかじめ把握しておく必要があります。
売上という出力に影響を与える、コントロールラブルな変数はなにか
売上に影響を与える変数を整理する際、重要となるのは「自社の努力で変えられるのか、変えられないのか」の仕分けです。例えばメーカーの売上に影響を与える変数として、以下の6つを挙げます。
- 人口
- 認知率
- 購入率
- 購入個数
- 購入頻度
- 購入単価
このうち、コントロール可能な変数はどれでしょうか。人口は、言わずもがなコントロール不可能です。認知率は広告やPRによって、購入率はチャネル開拓や販売促進によって向上させることができます。購入個数と購入頻度は、生活者の使用量や使用頻度に規定されるため、ほぼコントロール不可能です。購入単価は、メーカー希望小売価格とマーケティング努力によってある程度コントロール可能です。
まとめると、メーカーの売上に影響を与える変数のうち、自社でコントロールできるのは以下の3つです。
- 認知率
- 購入率
- 購入単価
コントロールできない人口や購入個数、購入頻度に一喜一憂するのではなく、コントロールできる変数に対していかに資源を集中投下するかを決めることこそが戦略の本質です。実行可能かつ再現可能であり、自社の中長期的な売上を規定する要因と、コントロール可能なものは何かを整理・理解し、検討するべきポイントに注力するようにしましょう。
『売上の地図』を組織で共通言語化するには
社内で売上の因果関係を共有できず、個別の施策がバラバラに走ってしまうという孤独を抱えるマーケターは少なくありません。そうした状況から抜け出し、組織内で共通言語を構築するための具体的なステップを提示します。
まずは、小難しく図を提示するのではなく、自分たちの担当している商品やサービスの売上に影響を与えていると想定される具体の変数をチームでブレストを行うことをおすすめします。
例えば、町にあるパン屋さんにおいても、味や品揃え、立地、駐車場の有無、店内の清潔さ、外的環境の天候など、マーケティングコミュニケーション以外の変数がたくさん絡み合っています。売上に影響を与える変数を一度テーブルの上にすべて書き出し、似たもの同士を塊にして矢印でつないでみたり、「メンタルアベイラリティ(想起)」「フィジカルアベイラリティ(売り場)」という、売上を規定する2大重要変数へと綺麗に収斂していくことを推奨します。この過程を経ることで、構造としての『売上の地図』が目の前に姿を現します。
営業部門や製品開発部門、経営陣との間で、「いま取り組んでいるこのソーシャルメディア公式アカウントは想起を高めるための施策である」「価格設定の意図はプレファレンスにこのように機能している」といった、ズレのない誠実なコミュニケーションが可能になります。
『売上の地図』を社内の共通言語にする最大の目的は、各部署が「自分たちの努力で可変であり、かつ売上と因果関係のあるコミュニケーションKGI(想起率、好意度、購入意向など)」を正しく設定し、責任のサイロ化による不幸な行き違いを防ぐためです。複雑に見えるマーケティングの世界を上空から俯瞰し、次なる一手へと進むための羅針盤として、まずは日頃の生活の中で、自身のお買い物プロセスをメタ化して捉えることから始めてみてください。全体像を共通言語として組織で共有し、限られた資源を最適に配分していくことで、持続可能なグロースサイクルを回していきましょう。
