振り返り記事
公開日:2024年6月7日

マーケティングの学び方講座 考える力が身につく実践的アウトプット法 振り返りレポート

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目次

トライバルメディアハウス代表の池田が2024年2〜4月に「ITmedia ビジネスオンライン」で連載した、「マーケティングの学び方を学ぶ塾」の内容をもとにした連続講座(全3回)です。

マーケティングの領域は広範囲で専門性が高いことに加え、テクノロジーの進化や消費者ニーズの変化を常に反映させる必要があります。
そのような背景から、基本の学び方を習得できる機会がなく、学び方や成長の迷子になってしまうマーケターが後を絶ちません。
マーケティングの学び方を身につけることが、効率よくマーケティングを身につけて、成果を出すことにつながります。

今回はインプットした知識を実践で使いこなせるようになるための心構えやアウトプット法、そして成長を加速させるために欠かせない「矢面時間」の重要性について解説します。

※今回の内容は、2024年2〜4月にITmedia ビジネスオンラインで連載された「マーケティングの学び方を学ぶ塾」のトライバルメディアハウス代表 池田が執筆した原稿を、講義内容をふまえて再編集を行った特別版です。

学習効果を加速させるアウトプット術

アウトプットの目的はアウトプットすることではない

まず始めにアウトプットの目的から確認しておきましょう。アウトプットの目的は「アウトプットすること」ではありません。禅問答のようですが、ここが最も重要なポイントです。

何のためにアウトプットをするのか。それは、「インプットした(借り物の)知識を、実践で使えるレベルに引き上げること」です。くどいですが、これが「アウトプットすることの目的」であり、「アウトプットすること自体」が目的ではないのです。

しかし、「いくらインプットしたって、アウトプットしなきゃ実践では使えないよ」という圧力に負け、多くの人が「アウトプットのためのアウトプット」を始めてしまいます。学んだこと(本で読んだこと)をメモ帳に整理したり、X(旧Twitter)に感想を投稿したり、noteに本の要約を投稿したり、その方法はさまざまです。

詳しくは後述しますが、確かにそれらの方法は有効ですし、私も推奨します。しかし、そこでのアウトプットが、いつしか手段の目的化を始め、アウトプットをしていることによる安心感を得る活動に成り下がってしまうと、「アウトプットしているのに、ぜんぜん実践力が上がらない!」と嘆くことになります。

実践力の向上につながらない「アウトプットのためのアウトプット」に意味はありません。一方で、正しいアウトプットに慣れてくるとどんどん楽しくなっていきます。だからこそ、アウトプットの目的を常に忘れることなく、正しいアウトプット道を極めてください。

「知る」はお金で買えるけれど、「わかる」はお金では買えない

前述した通り、アウトプットの目的は「インプットした(借り物の)知識を、実践で使えるレベルに引き上げること」です。では、「実践で使える知識」とは何でしょうか。それは、「Know知識」ではなく「Understand知識」です(造語です)。

マーケティングの実践は、すべての仕事・業務において同じものはひとつとしてありません。市況・PLC(商品ライフサイクル)・商品カテゴリー・市場ポジション(シェアの順位)・強み(競争優位性)・競合の動向・自社の顧客基盤・使える予算など、あらゆる与件が違います。そんな中で「筋の良い戦略」を組み立てるためには、状況によって戦略をファインチューニングする応用力が必要です。

では、応用できる人とできない人の違いは何でしょうか。それが、「わかっている」(=Understand知識を有している)か、「知っているだけ」(Know知識)かです。Know知識は、脳にある借り物の知識に過ぎません。そのものズバリを聞かれれば「そのまま」打ち返せますが、さまざまな角度から高速でやり取りされるディスカッションや質疑応答においてはまるで使えません。これが「知識は知っていること自体に価値があるのではなく、使えてナンボ」と言われるゆえんです。

ではなぜ「知っている」Know知識人は世に多数いる中で、「わかっている」Understand知識人は少ないのでしょうか。それは、「知る」はお金で買えるけれど、「わかる」はお金では買えないからです。

Know知識は本を読めば増やせます。有料セミナーへの参加も同様です。Know知識はお金で買えるのです。一方、いくらお金や時間を注ぎ込んでKnow知識を増やしても、実践力は上がりません(上がらないどころか、インプット偏重の学びを大量に行うと実践力を低下させる恐れすらあります。詳しくは後述します)。

「わかる(Understand知識)」は、自身の頭で考えることでしか手に入れられません。「考える」も、「ちょっと考える(Think)」というレベルではありません。「熟考(Think Hard)」する深さが必要です。うんうん唸りながら、「ああでもない」「こうでもない」「あっちかな」「いやこっちだな」と考えているうちに、「あ! なるほどそういうことか!」という気づきの神様が降りてくる。この工程を経て得られるのが(この工程を経ないと決して得ることができないのが)「わかる(Understand知識)」なのです。

読むのも、聴くのも、一定の努力は必要ですが、ある意味で「受動的な学び」です。一方で、考えるためには主体的に・能動的に問いを立て、自ら樹海や迷宮に飛び込み、めげずに何回も思考実験を重ねる覚悟とエネルギーが必要です。だからこそ、多くの人は心地の良いインプット沼に安住し、そこから抜け出すことができないのです。

行き過ぎたKnow知識人は仕事ができない

「あの人、知識はすごいんだけど、仕事できないよね」という人がいます。これが前述した「インプット偏重の学びを大量かつ継続的に行うことによる実践力の低下パラドクス」です。なぜ学べば学ぶほど実践力が低下するのか。それは「実践のために学んでいない(学ぶために学んでいる)」ことに加え、アウトプットする(=自身の頭で考える)ことなく、借り物の知識だけで頭を満たし、その知識に振り回されているからです。

戦略理論やマーケティング理論を学ぶと賢くなった気がします。これが根拠のない万能感に化け、下手をすると周囲の人を「こんなことも知らないの?」と見下すようになります。しかしその知識は自身のものではありません。借り物の知識がぎゅうぎゅうに詰まった器でしかないのです。

新しい知識を大量かつ急速に学ぶと、脳内で知識が暴れ出します。知識に身体が支配されるのです。すると、見えるものや解釈がすべて(半ば無理やりに)「学んだこと」に結び付けられ「俺理論」を形成し始めます。実践では「応用」がすべてなのに、(学んだことを)「そのままやればうまくいく」と信じて疑いません。口から出る言葉もどこかの教科書に書いてあることばかり。横文字を多用し、簡単なことを難しく話し始め、周囲から孤立します。

恥ずかしながら、僕にもそんな時期がありました。借り物の知識はアウトプットをすることで粗熱をとらないと現場では使えません。調理した素材が熱が冷めるときに味が染み込むように、自身の頭で考え、アウトプットし、実践しながら身体に染み込ませる必要があるのです。

ポイントは、学んだことを脳内に「置く」のではなく、身体に染み込ませること。そのためには、自身の頭で徹底的に「考えること」が必要です。

考えるためには書くしかない

では、考えるためにはどうしたらいいのでしょうか。

結論を言いましょう。書くのです。テキストで書くのです。手書きでもWordでもnoteでも構いません。文章で書くのです。

私たち人間は深く思考することができる唯一の生き物です。動物も目の前にある「具体」(例:獲物の群れ)を捉え、考えたり作戦を立て、行動することはできます。しかし、抽象的な概念(例:神の存在、1年後の自分、お金)について考えることはできません。これら抽象度の高い思考力は、人間のみが有しているものと言えます。そして、それらの思考は言語で行われています。私たちは何かを考えるとき、必ず「言葉で考えている」のです。

だから「考えがまとまらない」というときは、「言葉で表現できない状態」であると同義なのです。よく「私、文章が苦手なんです」という人がいます。しかし、厳しい言い方をすれば、それは「論理的に考え、言語表現できるレベルまで思考を深めることができていない」ということであり、思考していない(できていない)ことを「文章が苦手」と言い訳しているに過ぎません。

「いろんなことが重なって、頭がぐちゃぐちゃでどうしたらいいのかわからない!」という状態になったとしましょう。そんなとき、頭の中は「言葉で整理されていないたくさんのモヤモヤ」に支配されています。しかし、「なぜいま頭がぐちゃぐちゃなんだろう」「ぐちゃぐちゃの中身を箇条書きで書き出してみよう」と文章化(箇条書き)してみたらどうでしょうか。だいたい5〜6個、多くても10個程度しか書き出せないはずです。つまり、書き出してみればなんてことはないことなのに、言語化できていないだけでモヤモヤとモヤモヤが(本来は関係ないのに)くっついたり、ありもしないのにもっとたくさんの問題があるように錯覚しているだけなのです。

1万字の文章は、PPT100枚の企画書よりも難易度が高い

「文章なんて書かなくたって(書けなくたって)、自分はPPT(パワーポイント)で100枚の提案書を作ることができる」という人もいるでしょう。しかし、PPT100枚なんて仕事に慣れれば誰だって作れます。大事なのは枚数ではなく「説得力のある論理の筋」です。そして、それがない人が作成した提案書は、枚数は多くても「このページは何のためにあるんだろう?」「前後がつながってない」「たくさんしゃべっているけど、何を言っているのかよくわからない」となります。

何でも構いません。試しに3,000字の文章を書いてみてください。テーマは、あなたが好きなことや得意なことで構いません。「マーケティングの役割」でも「パフォーマンスマーケティングの効果と限界」でも「人はなぜキャンプにハマるのか」でも何でも結構です。X(旧Twitter)の制限は140文字ですから、投稿約20個分です。Xを20連発で投稿することを考えれば、なんとか書けそうですよね。しかし(書いてみるとわかりますが)これが絶望的に書けません。そりゃもうびっくりするほど書けません。1万文字なんてなおさらです。なぜでしょうか? それは、あなたの頭の中で、書こうとしていることについて考えがまとまっていないからです。正確に言えば、言語化できるレベルで思考できていないのです。

人は、思考が足りていないことでも(特にEQが高い人は)なんとなく言葉をつなぎ合わせて話すことができてしまいます。しかし、議事録を書いている人は気づいています。「たくさん喋っているけど、何も言ってない…」「何を言っているのか意味がわからない」「(議事録に)なんて書いたらいいかわからない」と。

逆に、3,000字の文章を書いた後に、それを誰かに話してみてください。話が上手でなくても、抑揚がなくても、声が小さくても、わかりやすいと言ってもらえるはずです。その理由は、話す前に、書くことを通して、考えたからです。書くために、何周も思考を巡らせたからです。

話がわかりやすい人は、話すテクニックがすごいのではなく、話す前に考え尽くしているからわかりやすいのです。決してプレゼンテクニックうんぬんの話ではないのです。

noteを書こう

ということで(このアウトプット術についてはいろんなところで再三にわたって話していますが)皆さん、悪いことは言いませんから、noteを書いてください。適度な緊張感がないと上達しないため、できれば公開が良いですが、どうしても恥ずかしければ非公開で書いても構いません。とにかく、文章を書く(ことを通して思考する)習慣を作ってください。

「考える習慣」では駄目です。「(一定の文字数の)文章を書く習慣」です。一部の天才なら別ですが、私たち凡人は、考えたことを書くことで「考えること(深く思考すること)ができていない」ことを自覚することができます。逆に言えば、書かなければ「考えた気になれてしまう」のです。

ポイントは「考えるために書く」ことです。「書くために書く」のではありません。そのため、あまりストレスなくスラスラ書ける文章は、思考がともなっていない雑文です。それは誰かが話したことや本に書いてあることをほぼそのまま書き写しているだけに過ぎません。それは、模写や写経として「型」を習得する方法としては悪くありませんが、思考力を磨くためのアウトプットにはなりません(考えてないのですから当然です)。

書くのは、インプットしたことに対する学びポイントだけでなく、何が学びになったのか、なぜ(今までにない)気づきを得たのか、自分の意見はどうか、批判的な意見はないか、他の知識や経験とつなげて発展できることはないかなど、考えないと書けないことを書くのです。

注意点は、ここでも手段の目的化をしないことです。連続◯日更新などが目的化してしまい、日々の雑記や、散在している情報のまとめ記事や、注目されている事例をピックアップするなど、更新を目的化しないでください。目的はあくまで自身の思考を深めるために書くことです。決して作業を習慣にしないでください。

X(旧Twitter)に投稿しよう

思考しながら書くとなると、noteの更新は週に1〜2本になるでしょう。しかしそれではアウトプットの量が足りません。日々のアウトプットはXの投稿で補いましょう。

でも、「毎日そんなに投稿することなんてないよ!」という方もいるでしょう。そんなあなたへのお勧めは、読んだ記事の要約を投稿する方法です。日経クロストレンドやMarkezineやアドタイなどで読んだ記事の要約を3〜5個の箇条書きで書き、記事URLとともに投稿するのです。

Xを見ている人の多くは、記事の原文を読む時間がない忙しい(もしくはそこまでの関与度がない)人がほとんどです。そんなフォロワーに、記事の要約を届けるのです。記事を要約するためには(重要な要点をピックアップし、短く簡潔な箇条書きとして整理するためには)記事を要約することを目的としながら記事を熟読し、考え、重要箇所を取捨選択しながら優先順位を付け、短い文章で完結に表現するスキルを磨かなければなりません。自身の思考&文章化トレーニングになるばかりか(品質が向上すれば)フォロワーも増える。一挙両得の方法です。

この方法を続けていると、いずれ必ず「自分の意見」が出てきます。そのときが、要約→自分の意見への脱皮が始まったサインです。こうなったら儲けもの。数千字のnoteも、以前よりストレス少なく書き上げることができるようになっているはずです。

社内講師をやろう

インプットしたことを考え、日々Xで要約や意見を投稿し、週に1〜2回はコンスタントにnoteが書けるようになったら、次は「口頭で人に説明する訓練」を取り入れましょう。

一度思考を巡らせ、言語化作業が終わっている内容ですから、いくばくかは流暢に話せるはずです。しかしそれでも話しながら「あれ? 上手く話せないな」「これってどういうことだっけ?」と、ここでも自分の不甲斐なさを実感することになります。

「書く」という行為は、自分のペースで行うことができます。時間があるときであれば、30分でも2時間でも、じっくり考え、キーボードを打つことができます。しかし、目の前に人がいて、口頭で説明する場合は、ある程度よどみなく、スラスラと話せなければいけません。するとどうでしょう。これがまたびっくりするくらい、上手に話せないのです。

これは、目の前に誰かがいると緊張してしまうこともありますが、ほとんどは「脳内のシナプスがまだあちこちで断線している」ことの現れです。書いていたときはつながっているつもりでも、よどみなく説明しようとすると線が切れていることに気づき、しどろもどろになってしまう。でもこれ、話すことにチャレンジした人だけが得られる「最高の断線発見器」なんです。話すことで断線に気づければ、またそこに戻って思考を巡らせることができます。そして、次回はもっとうまく話せるようになる。これの繰り返しなのです。

社内で話す機会がないのなら副業でも良いですし、友人や知人の会社でのボランティア講師でも良いでしょう。とにかく、人前で話す(学んだテーマについて説明する)機会を増やしてください。「一番成長するのは、教えられる人ではなく、教える人である」は本当です。教える側が、一番学びを得るのです。

成長は振り返りの回数で決まる

いろいろと話してきましたが、とどのつまり、インプット効率が良いかどうかは、アウトプットしてみなければわからないということです。アウトプットする前から「このインプット法は効率が良くないな」などと、なぜ言えるのでしょう。それは、アウトプットを前提としない、心地よいインプット沼から出るつもりのない人の狭い見識です。

インプット効率の良さは逆からしかわかりません。つまり、アウトプット効率の良いインプット(手段や取り組み方)こそが、真の「インプット効率」なのです。それを探し当てるのです(まあそれが読書なんですけれど)。

人は、何回も何回も同じことを繰り返すことで上達するのではありません。振り返り、改善する。インプットもアウトプットも漫然と続けない。目的に近づいているかどうか、常にウォッチし、やり方を振り返り、修正を加える。インプットもアウトプットも、振り返りがすべてです。1ヶ月に一回程度は必ず立ち止まり、いまのやり方のまま努力を重ねて良いのか、改善すべきことはないか、もっと良いやり方はないか、思考を巡らせてください。

学んだことの本質を抽出する「具体⇄抽象」の考え方

現場での実践力は「抽象化力」に比例する

再現性の高い筋の良い戦略を立てることができるようになるためには、具体と抽象を縦横無尽に行ったり来たりできる力が必要です。

ビジネスコンサルタントで著述家の細谷功氏は、著書『「具体⇄抽象」トレーニング』(PHPビジネス新書)の中で、「抽象化とは、ごく少数の言葉や図形で森羅万象を説明すること」とし、下図左の小さな正三角形が、右の大きな正三角形に変化していくことが「知の発展」であると言います。

細谷氏は、同書の中で問題解決には3つのパターンがあるとし、縦移動のない水平のみの論理展開は「筋が悪い」と述べています。

この(素晴らしく抽象化された!)フレームを用い、よくあるマーケティング学習(インプット)からアウトプット(実践)への流れを考察してみましょう。

①具体インプット→具体アウトプット

  • A社の成功事例を学ぶ→A社の成功事例を真似する
  • (TikTokがアツいとの評判を知る→)TikTokの本を読む→TikTokに取り組む
  • (Z世代が注目されていると知る→)Z世代の本を読む→Z世代対策を講じる

②抽象インプット→抽象アウトプット

  • 「◯◯はもう古い!次は△△だ」と学ぶ→◯◯をやめ、△△を始める
  • 新しい購買プロセスを学ぶ→それに当てはめて自社の戦略を練る
  • ブランド戦略理論を学ぶ→理論に沿って戦略を策定する

③具体インプット→抽象化(思考)→具体アウトプット

  • A社の成功事例を学ぶ→複数企業の成功事例から本質を抽出し、パターンや法則を見つけ出す→自社が採るべき施策を検討する
  • 話題の新手法を学ぶ→何が新しいのかを抽出し、自社が取り組むべきかどうか考える→取り組むべきと判断した場合、自社にとって最適なチューニングを行う
  • 新しい購買プロセスを学ぶ→何が新しいのか、以前のものは何がどう古くなったと言われているのか、本質を抽出し、自社が対応すべきことを考える→対応すべき場合、自社にとっての正しい購買プロセスを再設計する

これが「具体→抽象→具体」の縦移動です。

マーケティング学習は「縦移動」が鍵

先述の通り、アウトプットの目的は「インプットした(借り物の)知識を、実践で使えるレベルに引き上げること」です。「実践で使える知識」とは「Know(知っているだけの)知識」ではなく「Understand(わかっている)知識」です。

マーケティングの実践は、すべての仕事・業務において同じものはひとつとしてありません。そんな中で「筋の良い戦略」を組み立てるためには、状況によって戦略をファインチューニングする応用力が必要です。その応用力こそが「Understand知識=(知っているだけでなく)わかっている」ことでした。

「わかる」はお金では買えません。自分の頭で何回も、何十回も思考を巡らせないと手に入れることはできません。その思考作業こそが抽象化です。

  • Aが成功している→Aを学ぶ→Aを真似る
  • Bが話題だ→Bを学ぶ→Bを実行する
  • Cが注目されている→Cを学ぶ→Cに取り組む

上記はすべて具体→具体の取り組みです。これを繰り返しているうちは、実践力はほとんど上がりません。単に学んだことをコピペしているだけですから当然です。「でも学ばないよりはマシだろう?」という声があるかもしれませんが、むしろ逆かもしれません。「学んだことを(抽象化せず)そのまま猿真似してうまくいくことなどほとんどありませんから、変にインプットすることで、失敗する確率を上げてしまっている可能性があるのです。

ですから、学んだことは、必ず抽象化する癖をつけてください。

本で学んだことをnoteに整理するのであれば、要点をそのまま書き出すのではなく、「ということはつまり?」と考えるのです。僕は本を読んだ後、よくその本の論点や主張を1枚のチャートとしてまとめることがあります。

たとえば、僕は本を読みながら頭の中で(自身の知識や経験も含め)以下のように整理し、構造図に落とす作業を行うことがあります(20代の頃からこの作業を25年以上続けているので、もはや習慣になっています。嫌々やるのではなく、本を読んでいると自然とウズウズしてきて構造図に落としたくなるのです。もはや病気です(笑))。

  • 著者は、ABCという3つの環境変化から問題点Dが起こっていると考察している
  • 問題点Dを解決するための課題にはEとFがある
  • ただしFはアンコントローラブル要因のため、1社の努力では解決不能である
  • 解決すべき課題はEに絞られる
  • Eを解決する具体的取組にはPとQとRがある
  • それぞれのメリデメはこのマトリクスのように整理でき、X業界が取り組むならQが、Y業界ならRが最適である。その理由は…。ただし例外として…。

こういった抽象化作業を行わない読書とアウトプットは、先に述べた通りコピペや猿真似による失敗リスクを増大させる可能性があるため、注意が必要です。また、いくら「具体」を学んでも、それらの「具体」はそれぞれが独立し、バラバラなまま(相互に接続されないまま)借り物の知識として脳内に散らかっているため、応用力が試される実践の場では使い物になりません。

上記作業によって自分だけの抽象を手に入れたら、実践の場で再度具体に落とすのです。このとき、必ず自社の業界や商品が持つカテゴリー関与度・使える経営資源・競合環境などによってカスタマイズやチューニングをすることを忘れてはなりません。

アウトプットの真骨頂は「抽象」ステージにある

マーケティング学習の目的は実践力(=応用力)を上げることであり、学ぶために学ぶことでも、学んだ具体を具体のままアウトプットすることでもありません。実践に強いマーケターは、1,000の具体を学び、100に抽象化し、10,000の具体を導き出した後に最適なひとつを選び出せる人です。

くどいですが、1,000の具体を学んでも、抽象化をしない限り、1,000の筋の良い具体を導き出すことはできません。実践力を高める鍵は抽象化なのです。

「できる」ためには「知っている」だけでなく、「わかって」いなければなりません。真に「わかっている」状態とは、抽象化ができているということです。

その世界の景色を見るためには、学んだことについて考え、書くしかありません。たくさんの本を読んでください(年間100冊が目安です)。読みながら考え、noteを書いてください(目安は1記事3,000字です。ペースは週イチが目安です)。慣れてきたらその3,000字を1枚のチャートにしてください。そのチャートを画像にし、140文字の要約と共にXに投稿してください(毎日です)。noteやX投稿がたまってきたら、社内講師をやってください。社内に環境がないのなら、副業でもボランティアでも良いので社外の勉強会講師の機会を自らつくってください(同じテーマで10回話したら一段上の景色が見えるはずです)。

この一連の作業を3年間続ければ、あなたが見る景色はまったく別のものになります。暗号解読者がランダムの数字とアルファベットの中からひとつのメッセージを見つけ出すように、現場に散らばっている点と点が、線としてつながり、全体構造の面が見えてくるはずです。それこそが、一流のマーケターが見ている景色(の入口)です。

実践に勝るアウトプット無し。実践で心がけるべきことはなにか

現場はあなたが成長するための場ではない

はじめに一番重要なことを確認しておきます。マーケティングの現場(実務)は、あなたが成長するために存在する場ではありません。仕事なのですから、プロのマーケターとして最大のパフォーマンスを発揮し、自社ないしクライアントから期待されている役割を果たすことが「目的中の目的」です。給料をもらって仕事をしている以上、間違えても、「自分が成長するための仕事(機会)」などと考えてはいけません。仕事を通じて得られる経験や成長は、プロとしての役割を果たした上で結果として得られる副次的なものと捉えてください。ここを勘違いしている人が少なくありません。仕事とは成果を出すことが最優先の場。それを決して忘れないでください。

これを大前提とした上で、学んだことを実践する方法をお伝えしましょう。

「知識に翻弄されるトンネル」を抜けるためには実践あるのみ!

まずはじめは、実践する上での心構えです。

たくさん本を読み、noteやX(旧Twitter)でアウトプットしたことを実践に移したとき、多くの場合、ほとんど使い物になりません。使い物にならないばかりか、むしろ後退していると感じることすらあるかもしれません。

その理由は、頭の中に溢れかえっている借り物の知識を引き出しから出し、次々に机の上に並べ、無理やり当てはめようとするからです。概念やフレームは器のようなものです。さまざまな機能を果たす器を机の上に並べ、持っている情報(例:市場概況、商品特性、顧客特性、競合特性など)を無理やり手持ちの器に入れ、整理しようと試みる作業は順番が逆なのです。

本来、器は必要なときに必要なシーンで最適に活用するから「使える」のであり、「器を使うこと」を目的化してもうまくいくはずがありません。たとえば、工事現場にはさまざまな重機があります。整地するためのブルドーザー、土をすくうショベルカー、土を運ぶダンプカー。それぞれに機能と役割があります。持っている器(知識)に当てはめて仕事を設計することは、ショベルカーを買ったからショベルカーで土を運び始めるみたいなものです。それで「あれ? うまく運べないな……」と悩む。それもそのはず。ショベルカーは土をすくう重機であって、運ぶ重機ではないからです。

「そんなバカなことがあるか!」と思いますか? でもこれ、短期間で大量の勉強をした人のほとんどがハマる落とし穴なんです。必ず通る長いトンネルと言っても良いでしょう。そして、どんなに気をつけても、回避することは容易ではありません。ワクチンを打つと免疫反応で発熱することがありますが、それに近い状況です。外部から大量の知識を吸収すると、副反応が出てしまうのです。

ではどうするか。

できる限り、早くトンネルを抜けるのです。長い間、若いマーケターの成長過程を見てきましたが、努力をして自律的に学ぶマーケターであればあるほど、ほぼ確実にトンネルに入ります。知識に振り回され、簡単なことを難しく考え、持っている器に当てはめて仕事をし、勉強する前よりパフォーマンスが落ちる期間があります。

しかし、回避できないのなら、なるべく早いうちにトンネルに入って、最高速度でトンネルを抜けるほかありません。そのために必要なのは、兎にも角にも、めげずに、実践し続けることのみです。自分もいつか必ずトンネルに入ること、トンネルに入ったこと、トンネルの中にいてもがき苦しんでいること、ただし適切に努力を続ければ必ずトンネルの出口にたどりつけること、出口にはいままでには見たことのない景色が広がっていることをメタ認知しながら走るのです。

打率1割を目指そう

長く暗いトンネルに入ると、学んだことが実践で使い物にならず、辛く、苦しく、絶望的な気分になります。「あんなに一生懸命学んだことは一体なんだったんだ」「自信をなくしてしまった」「やっぱり教科書を学んでも実践では使えないんだな」と考えてしまいがちです。しかしここでやさぐれてしまってはいけません。「みんなそうなんだ」「自分だけじゃないんだ」という心構えを持っていてください。

そして、インプットとアウトプットで頑張ったことが、実践で使える(使えた!と実感できる)割合は1割あれば(まずは)OK! と捉えてください。学んだことが100%(10割)使え、現場でのパフォーマンスが劇的に向上すると期待してしまうから挫折してしまうのです。1割使えれば儲けもの。このくらいの認識でトンネルに入ってください。

実践しない人間はフィードバックを得られない

こんなことを話すとトンネルに入ることが怖くなってしまったかもしれません。でも、トンネルの出口(学んだ知識に振り回されなくなる状態)にたどり着くためには、トンネルに入るしかありません。多くを学ぶ人は、誰もが必ず通る道なのです。

そんな辛いトンネルになぜ入る必要があるのか。それは、頭に仮置きした借り物の知識は、現場で実践し、他者からフィードバックを得ない限り、使えるようにならない(体に染み込まない)からです。「使う」以上に、「フィードバックを得る」ことが何よりも重要なのです。

当たり前ですが、あなたは自身の思考が100%正しいと考えて実践するわけです。しかし、現実ではその9割が間違っている。何が違うのか・どう違うのか・正しくはどうなのか・それはなぜかを他者(上司や先輩)からフィードバックを得ることで、自身の思考がどう間違っていたのかを知ることができます。逆に言えば、その方法でしか、自身の誤りに気づくことはできません。

なので「とにかく実践あるのみ!」は半分本当で半分は嘘なのです。実践は大切ですが、振り返りをしない(フィードバックのない)実践を何度繰り返しても、できていないことができるようにはなりません。そして、冒頭で述べた通り、仕事とは成果を出す場ですから、何度も同じ失敗を繰り返す人に次のチャンスは回ってこないでしょう。

実践するのと同じくらい、フィードバックをもらう。フィードバックがもらいづらい(フィードバックしてくれる上司や先輩がいない)場合は、「どうすれば他者からのフィードバックが得られるか」をあらかじめ設計した上で実践を重ねるようにしてください。「フィードバックが得られる環境をつくること」自体も実践する上で重要な「仕事」と心得ましょう。

フィードバックしてくれる人に心からの感謝を

あなたにフィードバックをしてくれる人は、あなたよりスキルや経験が豊富な人でしょう。ということは、ほぼ確実にあなたよりも忙しい人です。そんな人が(9割間違っている)あなたの仕事にフィードバックをくれる。あなたも逆の立場になるとわかりますが、これは本当に大変な作業です。

しかも、1回や2回のフィードバックではありません。「一瞬いいですか?」「これなんですけど」「ここがわからなくて」「これで合ってますか?」と何十回、何百回とフィードバックをくれる。書いた文章を編集・校正してくれる、PPT図版の修正指示をくれるなども大変ですが、何より大変なのはロジックの修正です。あなたが「正」と考えて設計したロジックには、それが誤っているものだとしてもプロセスがあります。それを修正するためには、何をどのように考え、どんな(思考の)紆余曲折を経て現在のロジックにたどり着いたのか、道筋や思考プロセスを聞き出した上で修正を加えなければなりません。その作業にはかなりの時間がかかります。

しかも、フィードバックをくれる人が「なんでここでこう考えたの?」「こういう考え方はどう思う?」と、あなた自らが気づきを得ることができるよう、導いてくれるタイプの人だった場合、さらに時間的コストは大きくなります。あなたよりスキルや経験がある人にとって一番簡単なのは、「あーもう! ぜんぜんダメ! あとはこっちでやっとく」と巻き取ってしまうことです。しかし、それではあなたが育たない。だからあえて(あなたよりも忙しいのに)あなたにフィードバックをする。こんな人の元で働くことができたら、それだけで成長が保証されていると言っても過言ではありません。

「自分にはそんな上司や先輩なんていないよ!」「そんな人さえいれば自分も成長できるのに」と考えてしまった人、注意してください。そんな「あなたに献身的な上司や先輩」は、あなたの写し鏡でもあるのです。

あなたは、フィードバックをもらうとき、フィードバックをもらえて当然と思っていませんか? 「できました! 確認お願いしま〜す!」とメールやSlackで投げて、自分の仕事は終わったと思っていませんか? また、修正指示をもらったときに「え〜…(面倒くさいなあ…)」とか、「いや、でも自分はこれで良いと思っていて〜」という対応をしていませんか?

上司も人間です。忙しい時間を割いてせっかくフィードバックをしているのに、感謝の念が無い、否定的、反抗的、または暖簾に腕押し、次も同じ過ちをする部下や後輩に高い関与を持って接し続けてくれる人などいるはずがありません。「自分は上司や先輩に恵まれていない」と考えてしまいがちな人は、あなた自身に問題があるかもしれないことを覚えておいてください。

累積矢面時間を増やそう

実践の場は、何も企画や提案書作成だけではありません。社内や社外で行う会議も重要な実践の場です。あなたは、どんなスタンスで会議に出席をしていますか? 頼れる上司や先輩が場を支配し、見事に会議を進行している姿を見ながら議事録を書き、一言も発言せずに会議が終わる。残念ながら、この会議であなたはほとんど成長していません。

マーケティングの仕事は2つに大別されます。ひとつは調査や企画を(ある程度自分のペースで)じっくり考え、設計してドキュメント化する「静的な仕事」。もうひとつは、社内外の会議でディスカッションをしながら状況や課題を整理したり、課題解決の施策の方向性決めを行う「動的な仕事」です。どちらも大事ですが、後者の動的な仕事には「瞬発力」という特殊スキルが必要となります。

たとえ多くの知識を持っていたとしても、1秒単位で状況が移り変わる動的な会議の場で戦えるかどうかは瞬発力にかかっています。この瞬発力を上げる唯一の方法は、累積矢面時間(るいせきやおもてじかん)を増やすことです。

たとえば客先で会議をし、宿題をもらって帰社して、会社で提案書や報告書を作成していても、クライアント先でそれをプレゼンしない人間はどこか他人ゴトで仕事をしています。自分がしゃべるわけじゃないからです。だから、そういう仕事も累積矢面時間には積算されません。

でも、ひとたび「上司(や先輩)が風邪をひいた。明日のプレゼンはあなたがやってください」と言われた瞬間、自分ゴト化します。「やばい。どう話そう」「説明する順番を整理しておこう」「どんな質問が来ても答えられるように想定QAを用意しておかなきゃ…」。これが累積矢面時間です。

後ろを振り返っても誰もいない、自分がやるんだ、というヒリヒリ感の中で、どれだけ目の前の仕事を自分ゴトとして捉え、取り組むか。あなたの累積矢面時間はどのくらい貯まっているでしょうか。

とはいえ、上司や先輩がいる中で、明日からあなたが場を仕切ることは難しいかもしれません。でもそんな状況でもすぐに取り組めることがあります。それは、質問をすることです。しかも、必ず最初にするのです。会議のアジェンダが終わり、最後に「何か質問ある人はいますか?」と振られたとき、多くの人はうつむいて目をそらします。そこであなたはすかさず手を挙げ、質問をするのです。

最初の頃は理解力が低いため的を射た質問ができないでしょう。クライアントや上司、先輩から「こいつ、わかってないな…」と厳しい目を向けられることも覚悟しなければなりません。でも、めげずに質問をしていくと、必ず精度が上がってきます。「お! いい質問だね!」と褒められる日がやってきます。その理由は、最後にいの一番に質問をすることを前提に会議に出席するようになるからです。質問を探しながら会議に出る。するとあら不思議、いままで漫然と参加していた会議で「これはいつまでに誰がどのように進行するんだろう」「間に合うかな」「あちらにも確認しておいた方がよくないかな」「前にやってうまくいかなかった取り組みに似てるけど大丈夫かな」「こういうやり方の方がよくないかな」と次から次に泉のように疑問が出てくるようになります。これが累積矢面時間による自分ゴト化の効果です。この作業を継続すると実践力が磨かれ、上司や先輩と状況認識レベルが合ってきます。

いつも必ず最初に質問することには副次効果があります。ひとつめが、周囲から「あいつはいつも必ず最初に質問する」「しっかり自分の頭で考えることができる奴だ」「仕事に前向きに取り組んでいる」と一目置かれることです。ふたつめが、プレゼンテーター(自社であれば上司や先輩、クライアントであれば先方の発表者)からかわいがられることです。これも会議の場を支配する側になるとわかりますが、進行者が一番欲しいのは質問です。それなのに、大半の会議は「何か質問はありますか?」→(シ〜ン…)→「では今日はこれで終わります」となってしまう。そこにあなたが現れる。的は射ていないが毎回質問をする。そして徐々に質問の精度が上がってくる。いつしかあなたは、存在感のあるかわいい存在になり、目をかけてくれるようになります。

ただ単に質問をするだけです。お金はかかりません。残業も必要ありません。「お前、わかってないな〜」という冷たい評価をされる以上のリスクもありません。にもかかわらず、この効果は絶大です。ローリスク・ハイリターンです。自身が成長できるだけでなく、上司や先輩からかわいがられる存在になる。そして「お前は頑張っているから、きっちりフィードバックしてやろう」と、社内外に自分に目をかけてくれる味方が増やせる。

やりたい人10,000人、やる人100人、やり続ける人1人。やり始めてください。そしてやり続けてください。それだけで1万人に1人になれます。

欠損状態や渇きと共に書店に行く

たくさんの本を読んでインプットする。noteやXでアウトプットする。実践する。ここまで来たら、あなたは必ず「以前とは違う渇き」を感じているはずです。アウトプットや実践を通して、いまの自分に足りていないことの解像度が爆上がりしたのです。

その状態で、また大型書店に行ってください。以前は「何を読んだらいいんだろう…」と書棚の前でウロウロしていたのに、今回はいろいろな本があなたを目掛けて光を発しているはずです。こうなったら儲けもの。あなたは自分の努力で、いま、あなただけがインプットすべき情報を自分自身で見つけ出せる状態までたどり着いたのです。

そこからまた学ぶ。そして次のトンネルに入って出口に向かう。マーケターのキャリアとは、この連続です。

学習効果をさらに高める生活習慣術

学習効果が上がらないのは「リアリティ」が低いから

「書籍やセミナーで有名なフレームを学んでいるのに、イマイチ実践で使いこなせない……」と悩む方がたくさんいます。なぜ実践でうまく使えないのか。それは、リアリティが低いからです。

マーケティングの目的は「お客さまに買っていただくこと」です。お客さまに買っていただくために、買っていただけていない理由を明らかにし、その課題を解決する手を打つ。さまざまな概念やフレーム、新しい施策や手法は、すべてこの目的を達成するための手段でしかありません。それにも関わらず、フレームを学ぶと、「フレームを使うこと」が目的化してしまい、なんでもかんでもフレームに当てはめて考えようとしてしまう。

たとえば、2000年代中頃にAISASという新しい購買プロセスモデルが世を席巻したとき、多くのマーケターは「そうか! AIDMAはもう古いんだな。これからはAISASだ!」と飛びつき、そのフレーム通りに考えてしまう。しかしここで一拍おき、「自分の生活に当てはめて検証してみよう」と考えるのです。

※AIDMA:Attention(注意)→Interest(興味)→Desire(欲望)→Memory(記憶)→Action(購入)
※AISAS:Attention(注意)→Interest(興味)→Search(検索)→Action(購入)→Share(共有)

たとえば、ドラッグストアで新商品の歯磨き粉を買ったとします。これを帰り道で以下のようにメタ思考します。

  • Attention:この商品、どうやって知ったんだろう。たぶんテレビCMだな
  • Interest:なんでこの商品に興味を持ったんだろう。テレビCMと店頭POPで訴求していたホワイトニング効果かな
  • Search:でも買う前に検索なんてしてないな(スーパーやコンビニやドラッグストアで買う商品で、購入前に検索する商品なんてあるのかな?)
  • Action:買ってはいる
  • Share:XやInstagramに投稿はしないなあ……

と、少なくともドラッグストアにおける歯磨き粉の買い物ではAISASモデルは合致していないことがわかります。

一方、最近、気になっていた高級トースターを買ったとします。パンがカリカリ&ふわふわに焼ける優れもので、価格は高いけれど、話題になっている商品です。

  • Attention:確かこの商品を初めて知ったのはSNS投稿だったな
  • Interest:SNSのクチコミで「すごい!」「おいしい!」という投稿を見て興味を持ったんだった(広告だったらここまで興味は持たなかったかもしれない。SNS投稿は興味喚起や信頼獲得に効くんだな)
  • Search:Instagramの#検索や、Google、Amazonでも検索し、徹底的に購入者のレビューを読み込んだ(これが「失敗したくない心理」ってやつか…)
  • Action:ついに買ってしまった!
  • Share:確かに写真を撮ってInstagramに投稿したぞ!

ここから、AISASはどうやら最寄品(一週間に何度も買う商品)ではうまくハマらないけれど、買回品や専門品(年に数回、数年に1回、一生で数回買う商品)の場合は合致するな…といったことが「実感値」としてわかってきます。この自身の買い物体験を通して得たリアリティこそが何より重要なのです。

このプロセスを経た人と、「これからはAISASだ!」と(自身の買い物体験で検証せず)実務で使う人は、どちらがうまく実践できるでしょうか。結果は火を見るよりも明らかです。

マーケティングは、お客さまに買っていただけない理由を明らかにし、その課題を解決することですから、「人間の営みを科学し、再現性を高めること」ともいえます。あなたも毎月、数万円のお買い物をしているわけですから、学んだフレームや手法が「どんなときに使え」「どんなときには合わない」のか、自身の消費生活の中で検証ができるのです。

知らないものは見えない

リアリティが重要という話をすると、「書を捨て、町に出よ」(教科書ばっかり勉強していても意味がないから、勉強はほどほどにして実社会を観察しろ)ということですね? と誤解する人がいます。断言しますが、そうではありません。

たとえば、マーケティングの教科書を学んでいない人が単に街で買い物をしていても、「あの店は流行っているな」「いまは◯◯が売れているんだな」「◯◯という新商品が並んでいた」くらいのことしか見えません。これでは単に(マーケターではない普通の人が)街で買い物をしただけで、ほとんどなんの有用な学びも得ることができていません。

しかし、たとえば、いつも行くショッピングセンターで車の移動展示会(ホールなどに数台の実車が置かれ、自由に見たり触ったりできるイベント)が行われていたとき、理論を学んだ人は頭の中で以下のような学びを得ることができます。

  • お、今日は◯◯(メーカーのディーラー)が移動展示会をやっているぞ
  • これ結構お金かかるだろうなあ…(ショッピングセンターへ支払っている販促費とスタッフの労務費)
  • でも、自動車は(開放的チャネル政策でも選択的チャネル政策でもなく)排他的チャネル政策が取られる商材だから販売チャネルはディーラーしかない
  • ディーラーの弱みはお客さまとの接点が少ないこと。興味がある人はお店に来てくれるけれど、さほど興味がない人はわざわざお店にはきてくれない(顕在顧客は来店するが、潜在顧客は来店してくれない)
  • コストはかかるだろうけど、こうやって「いまはまだわざわざディーラーに行くほどホットじゃないけれど、すぐそこに実車があるならちょっと見てみたい」という消費者と接点を持てるのは有用なんだろうな
  • あ、いま営業の人が促して客の一人が運転席に座ったぞ。続いて奥さんと子どもが後部座席に座ってはしゃいでいる。この体験価値はテレビCMやDMで取得する情報の深さとは段違いだよな。これがイベントの効果か
  • さすがにすぐに買うってことはないかもしれないけど、次に乗り換えを検討する際の想起集合には入るかもしれないな。「浅く広く」と「狭く深く」。「今日の売上」と「明日の売上」こうやっていろいろな施策を組み合わせてマーケティングをやっているのか

などと解釈することができます。しかし、教科書でチャネル政策やマーケティングコミュニケーションの理論を学んでいない人は、自動車の移動展示会を見ても、単に「自動車ディーラーがショッピングセンターでイベントをやっていた」だけしか情報を受け取れません。

知らないものは見えません。見えるようになるためには、知っている必要があります。知ったうえで、見ようとするから、見えるのです。だから、「まず学ぶ」ことが大事なのです。

抽象化されたものを現場(具体)で答え合わせする

概念はフレームは、具体から本質を抜き出し、パターンや法則を見出すことです。概念やフレームはほぼすべて「抽象」ですから、複数の具体が抽象化されたものです。この教科書で学んだ抽象が作られた具体→抽象のプロセスを、次に街に出たときに検証するのです。。

たとえば、マーケティングの基本であるSTP(Segmentation / Targeting / Positioning)を学んだら、翌日、町を歩いているとき、STPのことばかり考えながら歩くのです。すると以下のようなことが見えてくるはずです。

  • この町は比較的年齢層の高いサラリーマンが多いから立ち食いそば屋が多いな。隣町は若者が多いからこってり系のラーメン屋が多い。これがセグメンテーションとターゲティングか
  • 同じ立ち食いそば屋でも、このお店は本格派で価格が高め、こっちのお店はセットメニューが豊富で価格が安め。これがポジショニングか
  • このイタリアンのお店は意識的に女性客を取り込もうとしているな。逆にこっちのお店はほとんどが男性客だ。これは性別のデモグラターゲティングを意識しているっぽいぞ
  • この2店は、どちらも女性客をターゲットにしているけど、こちらは洗練された都会の雰囲気で、こちらはアウトドアな雰囲気だ。これはサイコグラフィックなターゲティングって考えていいのかな。あとでググッてみよう…

また、価格理論を学んだ後にスーパーに行けば以下のようなことが見えてくるはずです。

  • やっぱりエンド(棚の端)に大量陳列されて値引きがされていると飛ぶように売れているな。これが「価格弾力性が大きい」ってやつか
  • 以前は98円(端数価格)のインパクトが大きかったけど、最近は税込み表記だから値付けも難しいよなあ
  • この商品はいつも値引きしているから、値引きしてないと高く感じちゃうな。これが参照価格ってやつか
  • 同じ野菜や魚でも◯◯産って書いてあると高い値付けができている。これが価格プレミアムかあ。ブランドってすごい

これらの「勉強」に使っている時間は0分です。それにもかかわらず、この生活習慣から得られる学習効果は絶大です。なぜなら、仕事は一日(原則)7〜8時間しかしませんし、土日は休みますが、「生活」は寝るとき以外、ず〜っとしているからです。生活時間すべてが「思考のアウトプットタイム」に変身するのです。

時間だけでなく、インプットしたことを「リアルなマーケティングの場」で答え合わせすることでリアリティが増し、「頭で理解したこと」が「腹に落ちる」ようになります。「インプットしただけの知識」は忘れますが、「腹に落ちて納得したこと」は一生忘れません。

さらに、教科書で学んだことを生活の中で答え合わせをしていくと、新たな疑問が生まれてきます。たとえば価格戦略なら「教科書には伝統的な価格政策について書かれていたけど、最近の(旅館やテーマパークなどの)ダイナミックプライシングはどういう基準で決まっているんだろう。これからいろんな業界に広がっていくのかな」など、興味が広がっていくはずです。こうなったらしめたもの。知の地平線が広がり始め、学ぶことが生活習慣に根付いてきた証拠です。

「しなかったこと」をメタ化する

最後に生活習慣術の上級編をお伝えしましょう。始めにいっておきますが、これは意識してもかなり難しい方法です。できるようになるまで時間がかかるかもしれませんが、この領域まで来ることができれば、学びのスピードが新幹線レベルまで上がりますので、ぜひいずれチャレンジしてください。

その方法とは、「しなかったこと」「やらなかったこと」をメタ化する習慣です。

前述したAISASの検証や、街で買い物をしているときに意識することなどは、すべて「見たこと」や「やったこと」を意識する方法です。これは、誰でも意識さえすれば一定のレベルで実践できます。

一方で、「しなかったこと」「やらなかったこと」のメタ化は、「見なかったもの」や「考えなかったこと」を「見える化」する作業ですから、あらゆる「可能性の選択肢」が頭に入っていないと実行できません。わかりにくいので例を示します。たとえば、前述した歯磨き粉で考えてみましょう。

(実際にあったこと)
新商品の歯磨き粉を買った

(効いたこと)
・テレビCM(認知と、いくばくかの興味)
・いつも行くお店への配荷
・店頭POP(再想起)

(やらなかったこと)
・Google検索
・Instagram検索
・YouTube検索
・レビュー検索

(見なかったもの)
・オウンドメディア(公式サイト)
・テレビCM以外の広告(出稿していたかどうか不明だが、YouTube広告も交通広告も見ていない)
・インフルエンサー投稿(実施していたかどうかは不明)
・誰かの推奨(あったかどうかは不明)

自身がした買い物において、上記の「やらなかったこと」と「見なかったもの」を意識できるようになると、「何が効いたのか」だけでなく「何は効かなかった(影響を与えなかった)」のかが見えてきます。この作業を何十回も何百回も繰り返すと、商品カテゴリーごとのパターンや法則が見えてきます。「Aの商品でも◯◯は影響しなかった」「Bもしなかった」「ということはつまり、AやBといった△△カテゴリーには◯◯は効きづらいということなのだな」という具合です。これが生活習慣の中で得られる「抽象の学び」です。

企業が行うマーケティングコミュニケーションは、およそ下記のファネルマップにある施策のいずれかですから、この図が頭に入っていると「選択肢」の中から影響を受けたことと、受けなかったことを整理することができます。これを街の中で自然に行うのです。

これが日々の生活の中で自然にできるようになったら、あなたはもう立派なマーケターです。

右目はマーケター、左目は消費者

私は20代の頃から20年以上、こんなことばかり考えて生活をしています。この話をすると、「遊んでいても気が休まらなくて大変ですね」と言われますが、まったくそんなことはありません。

「好きなこと」とは、誰かに「やるなよ! 絶対やるなよ!」と言われても、どうしてもやってしまうことなのだと思います。この生活習慣は、僕にとってまさにそれなのです。たとえ、やるなと言われても、やってしまう。なぜなら、楽しくて仕方がないからです。

僕の右目はマーケターEye、左目は消費者Eyeでできています。

マーケターの仕事は、お客さまに買っていただくこと(=売ること)ですから、どうしてもマーケター目線が先行してしまう。「どうやったら売れるのか」「このメッセージが効くんじゃないか」「デジタルキャンペーンで…」など、どんどん「売りたい!」のオンパレードになってしまいがち。

そこで左目の出番です。「自分はそんなこと興味ないし、気にしたこともない」「そんな広告には気づかない」「そもそも必要ない」と、消費者Eyeが教えてくれます。

街を歩いていても、右目で「この商品のマーケターは俺に〇〇を伝えたいんだな」とマーケティング情報をキャッチし、左目で「少なくともこのメッセージは俺には響かないなあ…ほかのお客さんには届いているんだろうか」と消費者目線で検証する。そんなことを常にしているように思います。

マーケターの仕事は、人間の営みを科学し、お客さまに買っていただく再現性を高めることです。マーケティングは人間科学なのですから、教科書で理論を学び、そこに血を流す(人の体温を感じるものにする)必要があります。それが今回紹介した生活習慣術です。お金は一円もかかりません。特別な学習時間を確保する必要もありません。それにも関わらず、効果は絶大です。ノーリスク・ハイリターンです。ぜひ取り組んでみてください。

まとめ

  • アウトプットの目的は「アウトプットすること」そのものや「アウトプットを継続すること」ではない。アウトプットの真の目的はインプットしたばかりの借り物にすぎにない知識を実践で使えるレベルに引き上げることにある
  • 知るはお金で変えるが、わかるはお金では買えない。インプットした知識を自分なりに使いこなせるようになるためには、しっかり頭で考えることが求められる
  • 考えるために有効な手段は書くこと。理路整然とまとめる作業を行うことによって、自身が理解できていないことに気づくことができ、話す能力を高めることにもつながる
  • 現場での実践力は抽象化力に比例する。事例などの「具体」の知識は、それをそのまま転用することもできず、使い物にならない。「知る」を「わかる」に変えていく考えるプロセスにおいて、具体を学び、抽象化して本質を取り出し、具体に落としていくプロセスが不可欠
  • 学んでいると必ず「知識に翻弄されるトンネル」に突入してしまう。このトンネルとは、学んだ知識に踊らされ、成果が出せず、勉強する前よりパフォーマンスが落ちてしまう状態に陥ってしまうこと。トンネルを早めに抜けるためには、累積矢面時間を増やし、他人からフィードバックを得よう
  • マーケティングを学ぶ上でリアリティは不可欠。日常生活において、自身の行動をメタ化し、マーケターの目と消費者の目で事象をとらえることで、日常の中でも学びを深めるよう心がけよう

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マーケティングの学び方講座 考える力が身につく実践的アウトプット法