『マーケティング「つながる」思考術』連続講座⑬正しいマーケティング効果測定のポイント 振り返りレポート
トライバルメディアハウス代表の池田が2024年1月に上梓した、マーケティングの医療ミス撲滅を目指す書籍『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)の内容をもとにした連続講座の第13回です。
本連続講座の最後を締めくくるテーマは「効果測定」です。
効果測定は「なんのために」「いくらの予算を使って」「どんな効果があったのか」を測り、次に活かすというシンプルな行為ですが、自社の効果測定に自信を持っているマーケターは必ずしも多くありません。
「正しく効果測定をするための知識が不足している」ことで施策の効果について誤解や錯覚が生まれてしまうことで、多くの企業や組織で認識のズレや混乱が起こっています。
効果測定が正しくできていないことによって、打ち手が間違っていることに気付けず予算を浪費してしまったり、施策の効果が上がっていたにも関わらず打ち切りになってしまったりしていては、企業や事業の成長をマーケティングでけん引することは困難です。
今回はマーケティング現場で起こりがちな効果測定における間違いと、正しい効果測定を行うための基本の考え方について解説します。
効果測定はなぜ難しいのか
アメリカの百貨店経営者だったジョン・ワナメイカーは有名なセリフを残しています。それは「広告費の半分が金の無駄使いに終わっている事はわかっている。わからないのはどっちの半分が無駄なのかだ。」というものです。
マーケティングのデジタル化によって、把握できる数値は確かに増えました。代表的なものがCPC(Cost Per Click)やCPA(Cost Per Acquisition)などでしょう。これは一度のクリックや、一度の特定アクションに至った単価を表すものです。一方で、なぜそのクリックが生まれたのか、それ以前になぜ関連するキーワードが検索されたのか、検索順位が低いのにクリックされた理由はなぜか、などを明らかにすることは今なお困難です。たとえば、過去のブランド体験やテレビCM、友人からのクチコミがキッカケだったのかもしれません。つまり、売上につながったかもしれない要素や考慮しなければいけないことを挙げればキリがないのです。
このように、売上のつながった理由を一から百まですべてを明らかにすることはそもそも不可能です。全世界・全企業において、完全な効果測定を実現できている組織や団体は存在しないと言っても過言ではないでしょう。
効果測定に臨むときの“心がまえ”
一方で、効果測定を諦めなければならないというわけではありません。事業活動としてマーケティングに向き合う以上、評価と改善は欠かせません。
そのため、マーケティングの効果測定に向き合うために2つのポイントをおさえておきましょう。
- 効果測定にもお金と時間がかかる
- 正確な効果測定ができないからこそ議論と合意が大事である
まず、当然のことですが効果測定にもお金と時間がかかります。そして、できるだけ精緻に正しく行おうとすればするほど、必要になるお金と時間は増えます。一方で刻一刻と変化するビジネス環境においては、残念ながら、効果測定のために多額の予算と多くの時間を割くことはできません。とはいえ、実務の中でできる限り正しく効果を測定し、正しく評価して、正しく改善してROIを高めることが求められるのがマーケティングという仕事です。
だからこそ、社内での議論と合意が欠かせないのです。
効果測定や改善のために投下できる予算・時間・人員などのリソースについての考え方は組織によって異なります。とはいえ一般的な企業に勤めていると、必ず施策の後には上長への報告が求められます。そのときに起こりがちなことが、「知識や経験が不足しているから正しく効果測定できていない」「正しく効果測定するための努力が足りていない」と思われてしまうことです。先述したように正確な効果測定は不可能で、やればやるほどお金や時間がかかるのにも関わらず、です。
そのため、マーケティングに関わるビジネスパーソンに求められることは、完全な効果測定は不可能であるという想定のもと、測定できる範囲で何を指標とするのか、どういった方法でそれを明らかにするのかということを、共通言語で会話しながら、筋の良い議論ができるようになることなのです。
ここからは、マーケティングの現場で行う効果測定におけるポイントを解説します。
ポイント① 目的を決める
効果測定の悩みでよく聞かれるものが、方法がわからないというものです。この解決策は、正しく目的を決めることです。
日常的にさまざまな施策に取り組んでいるはずですが、それらは「何のためにやっているのか?」という問いに向き合う必要があります(詳しくは後述しますが「売上のため」という回答ではいけません)。
施策によって得たいリターンが定義できていれば、それを測定する方法も自然と明らかになります。たとえば、想起される順位が4位だったとして、せめて3位以上をめざすことを目的にしたとしましょう。この場合は、施策に接触した人とそうでない人の差を比べたときに、接触した人の想起される順位が上がっていれば、効果があったと言えるはずです。
なお、このような「知った・理解した・欲しくなった」などのデータを取得する方法は、基本的にアンケート調査一択です。なぜなら、その答えは生活者の頭の中にしか無いからです。これらは直接聞かなければ把握することはできません。
ポイント② KGIとKPIは分ける
たとえば、「フォロワー数が増えた」「エンゲージメントが獲得できた」「リーチが伸びた」などの結果が得られたとしても、モヤモヤが解消されないこともあるはずです。つまり、「これらが結果として出たから、何だったの?」といった場合です。
これはKGIとKPIが分かれていないことによって起こります。
ソーシャルメディアアカウントの運用を例にあげて考えてみましょう。たとえば先月に比べて多くのエンゲージメントを獲得でき、フォロワー数が増えました。エンゲージメントやフォロワー数はKPIです。そして、エンゲージメントやフォロワー数を増やすことで、何を達成したかったのか(何が目的なのか)がKGIです。たとえば、「ブランドの好意度が上がった」「◯%の人が購入意向が高くなった」など、買っていただくことを目的とした場合のマーケティングにおいて、果たさなければいけない施策の目的やゴールが該当します。
KGIはほとんどの場合、想起率や好意度、購入意向、BtoBの場合は信頼度などが該当します。KPIは測定しているものの、KGIは測定されていないことが少なくないと池田は言います。ポイント①における目的を決めるということはKGIを決めることとほぼ同義です。KGIとKPIの関係を明示しておくことを心がけましょう。
ポイント③ 費用対効果と投資対効果は区別する
取り組んでいる施策に投じた予算は費用なのか投資なのかを分けて考えましょう。
費用は始めたらすぐに効果が出る一方で、やめたら効果がなくなるものです。デジタル広告やダイレクトメール、チラシなどが代表的なものです。
投資として代表的なものは、長年放映されている日立のテレビCM『日立の樹』などが例としてあげられます。このCMが長年放映されていることで、大樹や緑、おおらかな存在などといったイメージを日立に対して持ってもらうことができている例ではないでしょうか。
すべての施策を費用対効果で評価してしまうと、『日立の樹』のように時間をかけてブランド形成に貢献するものや、「そのうち客」に向けたアプローチを続けることができなくなってしまいます。一方で、中長期的に効果を発揮させたい施策だからと言って振り返りをしないわけにはいきません。だからこそ冒頭で述べたように、施策の評価について社内での議論や合意形成が欠かせないのです。
ポイント④ 売上をゴールにしない
ポイント①で少し触れたように、売上は変数が多く、一つの施策のみで達成できるものではないことから、施策の効果測定指標とすべきではありません。
以下の図をご覧ください。
これは売上が綱引きのようになっていることを表した図です。ポイントは2つあります。1点目は「売上」という右上に伸びている矢印は、その他の「広告」「価格」など他の力の総体によって引き上げられたという結果にすぎず、「売上」を直接引き上げる方法はないこと。2点目は競合の存在によって、売上を下げようとする力が働くことです。
売上は最終的なゴールとして定め、自分たちが関わっている組織や施策によって目指すべきKGIを正しく設定することが欠かせません。
KGIとすべきなのは、その指標が改善すれば売上が上がるだろうとされる指標であり、可変であるものです。それが想起率や好意度、購入意向、BtoBの場合は信頼度などが該当するのです。売上とKPIについて、KGIの話抜きに議論してしまうと混乱してしまいがちですので注意が必要です。
ポイント⑤ 診断と処方を一致させる
最後のポイントは、診断と処方が一致していなければ、そもそも施策を行う前から想定した結果を得ることは難しいということです。
マーケティングファネル上の施策や、PESOメディアそれぞれで「できること」と「できないこと」は過去の講座で解説したとおりです。
マーケティング課題を正しく診断して、その症状に最適な処方を選ぶことが効果測定を行う以前に重要なポイントであることをおさえておきましょう。そのためには、どの処方がどの症状に効くのかを理解できていることが欠かせませんし、それについて社内で共通言語が作れていることが求められます。
マーケティング課題を正しく診断・処方する力を身につけることが、施策の後の(処方の後の)効果測定にも影響する出発点であることを意識し、これからも学習を続けていきましょう。
まとめ
- 完全な効果測定は不可能である。デジタル化によって把握できる数値は増えたが、それだけでは把握できない影響変数が無限に存在しており、見える指標だけに偏重してしまうのは危険である
- 完全な効果測定は不可能だからといって、施策の評価と改善を行っていくことがマーケティング活動においては欠かせない。そして、効果測定はやればやるほどお金や時間がかかるものである。だからこそ自身の身を守るためにも、正しい知識を持って社内で効果測定について共通言語で会話し、合意を取っておくことがビジネスパーソンには欠かせないスキルとなる
- 効果測定の方法がわからないときは、そもそも目的が定まっていないことがほとんど。施策によって得たいことは何かをあらかじめ明確にしておくことが欠かせない(しかし、売上を目的としてはいけない)
- ある数値が改善したときに「それが、どう良かったの?」とならないようにするためには、KGIとKPIを分けて考えよう
- すべての施策を費用対効果で評価すべきではない。費用は始めたらすぐに効果が出る一方で、やめたら効果がなくなるもの。投資は効果が出るまで時間がかかるが、やめてもすぐには効果がなくならないもの。ブランディングや「そのうち客」の育成など、中長期的に売上に貢献する施策を費用対効果で評価してしまうと施策の継続が困難になってしまうことには注意が必要
- 売上は説明変数が多く、単一の施策の結果で達成することが難しい指標である。そのため施策の評価指標とすべきではない。売上に相関があり、自分たちの活動によって可変であるKGIを定めて合意を取っておくことが欠かせない
- 診断と処方が誤っていることは効果測定以前の問題。マーケティング課題を正しく診断して最適な処方を行えることが、正しい効果測定のための第一歩となる