マーケティング戦略理論講座 サービスマーケティング 形のないサービスのマーケティングとは 振り返りレポート
『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ)を教科書に用いた連続講座の第14回です。
マーケティング従事者がおさえておくべき基本理論について、本書の各章ごとに解説します。
今回の対象範囲は以下のとおりです(第Ⅳ部 第13章)
▼今回取り上げる内容
・サービスの重要性とマーケティング
・サービスの分類
・サービスの特性
・サービス業のマーケティング戦略
形のないサービスについてのマーケティングも、メンタルアベイラビリティ・フィジカルアベイラビリティの双方を高めることが重要であるという点において有形商材との違いはありません。
しかし、有形商材とサービスとではバリューチェーンの構造そのものが大きく異なるため、マーケティングコミュニケーションなどのマーケティング活動を考える前提条件がそもそも異なることを意識することが必要です。
サービスとは何か?
産業は大きく3つに分類され、農林水産業が第一次産業、鉱工業が第二次産業、そしてそれ以外が第三次産業(サービス業)になります。ペティ=クラークの法則によれば、どの国もほぼ例外なく経済成長に伴い、産業の中心が第一次産業から第二次産業へ、そして第三次産業に移っていくとされています。
マーケティングは、主に第二次産業の中心である製造業(メーカー)のマーケティングを考えるという観点で発展してきました。一方で、以下のグラフからも分かるように第二次産業よりも第三次産業に従事する人の数のほうが現在は多くなっています。
サービスのマーケティングにおいても、メーカーのマーケティングとの共通点は少なくありません。しかし、メーカーのために発展したマーケティング論をサービス業でもそっくりそのまま用いるのではなく、チューニングして使うという考え方が欠かせません。
また、サービスは以下のように分類をすることができます。人が人に対して提供するものだけをサービスと呼ぶわけではないことに注意が必要です。
また、『サービス・マーケティング– コンサル会社のプロジェクト・ファイルから学ぶ』 (有斐閣ストゥディア)によれば、商品は有形か無形かの二択ではなく、濃淡でグラデーションになっているというプロダクトの尺度を紹介しています。
上記の図は、有形性が高い商材の例として塩があり、そこから無形性が徐々に高まっていき、無形性が高い商材の例として教育が挙げられていることを表しています。
サービスが持つ特性とは
有形商材とは異なり、サービスが持つ特性として以下の5つが紹介されています。この5つは丸暗記して覚えておくべきだと池田は言います。
- 無形性
- 品質の変動性
- 不可分性
- 消滅性(不可逆性)
- 需要の変動性
無形性
文字通り形がないことを表します。MARPSの運営企業であるトライバルメディアハウスはマーケティングのコンサルティングサービスを提供しています。無形だからこそサービスの品質を予想しづらく、購入のハードルが高まることにつながるため、サービスを提供するスタッフをプロフェッショナルとして紹介したり、ノウハウをパッケージングした書籍を販売したりと、サービスを可視化しやすく、手触りがあるものに近づける(プロダクトの尺度を有形性に少しでも近づける)という工夫を行っています。これはどのサービスでも必要な考え方です。
また、顧客満足はサービス品質が事前期待をどれくらい上回ったかによって決まります。事前期待を高めすぎると、満足につながる品質の提供が難しくなるため、一定の期待値コントロールも必要です。
品質の変動性
採血のときに作業者の実力によって、苦痛の度合いが異なるというのがわかりやすい例でしょう。サービス業における経営の難しさに直結する課題であり、有形商材のように品質の差が出ないようには何をすべきかを研究する「サービスサイエンス」が存在するほどです。
サービスサイエンスの名著の一つに『真実の瞬間 SASのサービス戦略はなぜ成功したか』(ダイヤモンド社)があります。(※編集注:すでに絶版になっているため書籍URLは未挿入です)
スタッフ約5名と平均15秒ずつ顧客が接触する瞬間(これを真実の瞬間という)における体験が良いものであればリピートにつながるため、その改善に取り組んだことがスカンジナビア航空が経営危機から復活した戦略として紹介されています。真実の瞬間における満足度が顧客によって差が生じている理由は、対応するスタッフによってサービス品質が変動するからだとも言えます。
不可分性
サービス提供側と享受側は同じ場所にいなければいけないという特性です。この特性ゆえに店舗が多い方がサービスを受けられやすくなるため、店舗が多いほど競合に比べて有利であると言えるでしょう。
消滅性(不可逆性)
在庫を持つことができず、価値が消滅し後に戻せないという特性です。飛行機に空席があったとして、その空席を次の便や、後日の便にまわすことはできません。提供できたはずの価値が消滅したことを表しており、だからこそ各航空会社は一本の便の空席をいかに埋めるかということに注力しています。
需要の変動性
季節・イベントなどによって需要が変化するという特性です。ゴールデンウィーク中はどこのホテルや宿も混んでいて、金額が平時より高いのはそのためです。
サービス業のマーケティングの注意点
これらの特性があることで、サービス業におけるマーケティング・ミックスは以下のような点に注意する必要があると言えるでしょう。
価格
- サービスの価格設定は有形財以上に多様な環境下で行われる
- 顧客に応じて提供するサービスが異なることも多いため、有形財の価格設定方針が馴染まないことも多い
- 無形のため有形財以上に「価格の品質推定機能」が働きやすい
チャネル
- 不可分性のため、有形財と比べてチャネルは短く単純
- 消費者の利便性から店舗は多い方が有利
プロモーション
- 無形なため、何らかの評価対象を訴求すると具体性が増す
- 機能的ベネフィットが伝わりづらいため、信頼性、親近感、礼儀正しさなどを訴求した方が有効
- 無形なため、想起集合に入り続けるためには継続的な広告プロモーションなどが必要
サービス業における3つのマーケティング
サービス業における3つのマーケティングとは、企業から顧客に対するマーケティング、従業員から顧客に対するマーケティング、そして企業から従業員に対するマーケティングです。
このなかでも、サービス・マーケティングにおいて研究テーマになりやすいのが、企業から従業員に対するマーケティングです。なぜなら、前述の「真実の瞬間」の例のように、顧客が享受できる価値は従業員によって決定づけられることがほとんどであるためです。
そのため、一時期注目を集めたのが従業員満足(ES:Employee Satisfaction )です。従業員満足があるからこそ顧客満足につながると考えられています。
ここで言う「満足」の解像度を上げるためにハーズバーグの二要因論をおさえておきましょう。
従業員がやりがいを感じている要因(動機づけ要因)と、不満足につながっている要因(衛生要因)は異なることを表しています。注意が必要な点として、衛生要因は退職につながってしまうためゼロに近づけることが求められますが、衛生要因がゼロになったからといって動機づけにならず、動機づけされる要因は達成や承認など別にあるということです。
衛生要因とは、給与や働く環境などであることがほとんどですが、フルリモート・昇給・有給取得の奨励なども衛生要因に含まれるため、これらはたしかに従業員満足度を上げることにつながりますが、企業から従業員へのマーケティングとして、顧客満足度を上げること(従業員から顧客へのマーケティングをより良いものにすること)にはつながりにくいということをおさえておきましょう。
見直される「価値の正体」とは
近年、サービス・ドミナント・ロジックという概念に注目が集まっています。これは、モノとサービスではなく、モノは「モノを伴うサービス」、サービスは「モノを伴わないサービス」と捉えようとする考え方です。
そして、企業がモノやサービスに価値を込めて、顧客はお金を払ってその価値を消費する消費者だとされていましたが、顧客を消費者ではなく「価値共創者」とみなすという考え方でもあります。
有形商材・無形商材といった形態は問わず(メーカーやサービス業といった業態も問わずに)、企業が提供する商材の価値についても捉え直す必要があります。
※サービス・ドミナント・ロジックについてはこちらの講座で解説しています。
まとめ
- マーケティングはメーカーのマーケティングを考えることで発展してきたが、第三次産業であるサービス業が増えているいま、サービスの特性をおさえておくこと、そしてその特性をふまえてマーケティングをチューニングすることが不可欠
- 有形商材・無形商材といった二項対立ではなく、商材の内容によって有形性と無形性がグラデーションになっている
- サービスが持つ特性は「無形性」「品質の変動性」「不可分性」「消滅性(不可逆性)」「需要の変動性」の5つであり、これらは暗記して覚えておくことを推奨する。特に無形であるがゆえに事前期待が変動することには注意が必要であり、品質が変動するため品質を一定以上に保つということがサービス業における大きな課題であることをおさえておこう
- サービス業のマーケティングは企業から顧客に対するマーケティング、従業員から顧客に対するマーケティング、そして企業から従業員に対するマーケティングの3つがあるとされている。なかでも顧客満足度を高めるには企業から従業員に対するマーケティングによって従業員満足度を高める重要性が高い。一方で衛生要因を高めて従業員満足度を高めるだけでは、従業員は動機づけされず顧客満足につながりにくいということには注意が必要
- サービス・ドミナント・ロジックに代表される通り、価値そのものの考え方が有形商材・無形商材問わず変革を求められている。もはや顧客は消費者にあらず、価値共創者であるとしてマーケティングの考え方そのものをアップデートしていくべき