『マーケティングつながる思考術』連続講座③動画を作れば売上は増えるのか? 振り返りレポート
トライバルメディアハウス代表の池田が2023年1月に上梓した、マーケティングの医療ミス撲滅を目指す書籍『マーケティング「つながる」思考術』(翔泳社)の詳細を解説する連続講座の第3回です。
今回のテーマは動画マーケティングで「できること」と「できないこと」の理解を通じて、マーケティングにおける目的設定の重要性を解説します。
『動画マーケティング』は存在するのか
以下のマーケティングファネルマップをご覧ください。
図の中で色がついている施策は、すべて動画を用いることができる施策です。ソーシャルメディアアカウントの投稿コンテンツに動画を用いたり、Webサイト上に動画を掲載したり、PR活動にブランディングムービーを制作したりなど、動画の活用は多岐にわたります。
『動画マーケティング』という表現は厳密には正しくなく、マーケティング手法において動画を活用するという解釈が正しく、つまり動画はテキスト・画像と並びコンテンツフォーマットの一種にすぎないということです。
それぞれのマーケティング手法において、動画を用いることでどのようなメリットがあるのだろうかを考えてみることがポイントです。
動画が得意なこと・不得意なこと
マーケティング施策に動画を用いることは、音楽や演出などを駆使したリッチな表現で雰囲気や世界観などを伝えることに長けています。また、生活者から見れば限りなく受動的に(ぼーっとしているだけで)情報取得ができることも強みの一つです。
そして、動画はテキストや画像だけでは伝えることが難しい情報を伝えることにも長けています。たとえば、レシピ動画や、スポーツにおけるテクニックと練習法、DIYなど、他にも多数挙げられるでしょう。
一方で、動画は最初から最後まで視聴してはじめて良し悪しが判断できるものです。そのため、数多くのコンテンツを日常的に消費している忙しい生活者にとっては、動画の視聴はリスクの大きい行為でもあります。動画と同様にコンテンツフォーマットの一種である画像やテキストは、生活者が瞬時に情報の取捨選択ができることが強みですが、動画はそうではありません。「動画を作り込むことで、見てもらいやすくなる」というのは誤りです。
スマートフォンが普及した今、生活者は多くの情報を処理するためどんどん「せっかち」になりました。少しの空白時間も耐えられず(わずかな時間でもすぐにスマートフォンを手にします)、一つのコンテンツをじっくり摂取することも敬遠するようになりました。そのため、生活者は短い時間に多くの情報量を含むコンテンツを好むようになったという時代の変化をおさえておきましょう。
また、テキストや画像と比較して、動画は制作コストが大きく、一度完成したら修正を繰り返して改善することがしにくいという弱みも存在します。
動画を用いる場合の注意点も合わせておさえておきましょう。
① 統制可能性
どんな動画を作るかについては、多くの場合コントロールは容易です。一方で、動画がリーチできるかどうか(見てもらえるかどうか)は動画そのものではなく「導線」に成功要因があることをおさえておきましょう。なお、予算を投じれば広告によって導線を用意することは可能です。
制作費がかかる大掛かりな施策になりがちですが「お金をかけたんだから見てもらえるだろう」と過度な期待を寄せることは厳禁です。どんな動画を作るのか以上に、どんな動画であれば見てもらえるのかを意識することと、綿密な導線の設計が大切です。
② 競合は競合企業が作るコンテンツではない
生活者は日常的に多くのコンテンツを消費しており、生活者一人ひとりの可処分時間をさまざまなコンテンツが奪い合っています。そのため、時間とすべての娯楽が動画を見てもらうための競合となります。また、ソーシャルメディアの発展により生活者一人ひとりが動画の生産者となっており、生活者が作った動画も競合となりえます。
動画はCPAを下げることに貢献しない
テレビCMなどを除き、動画は多くの場合デジタルマーケティングで用いられるフォーマットです。デジタルマーケティングの目指すところはCPA(Cost Per Acquisition/顧客獲得単価)の改善であるとされやすいですが、CPAを下げる方法は大きく以下の3つです。
② 投下費用はそのままで顧客獲得数を増加させる
③ 投下費用を増やしてより多く顧客を獲得する
動画は制作コストが高いため、テキストや画像で制作されたコンテンツと比較すると、CPAが悪化してしまうことは自明です。
では、そもそも動画はマーケティング活動に貢献しないのでしょうか? そうではなく、動画を用いたマーケティングにおける目的設定が誤っていることが非常に多いと池田は言います。
『売上』というゴールに対して正しい目的設定を
マーケティングの目的を単純化すると「お客様に買っていただくこと」です。この買っていただくこと(=売上)は直接コントロールできない結果であるため、マーケティングコミュニケーションというインプットによって生活者の意識や態度を変えることが求められます。
つまり、マーケティングコミュニケーションの成果として求められるのは、「これを向上させれば(最終的に)売上が上がるだろう」という仮定の元で設定された目標(認知度や理解度、購入意向度など)の達成です。
マーケティングコミュニケーションの現場では目的設定が曖昧だったり、売上に直結しない目標が設定されていたりします。
たとえば、動画を用いると「再生数」が目標となりやすいのではないでしょうか。しかし、再生数が増えるだけでは売上には直結しません。「動画を用いることで視聴者の理解を促すことができるので売上につながる」のようなロジックのほうが正確です(理解促進は動画で達成できる目標の一例です)。
理解を促すためにどのような動画を作り、どのメディアで生活者に接触するのかを考えるのが正しいアプローチであり、いかに再生数を伸ばすかを検討するのは筋の悪い考え方です。
また、すべての施策をCPAで評価することも好ましくありません。繰り返しになりますが、
動画を用いた施策は短期的なCPAだけで評価すると効率が悪いと言わざるを得ません。以下の図をもとに考えてみましょう。
この図は仮に動画が10万回(10万人)再生されたと仮定したとき、ファネルの各段階にどれだけの動画視聴者が進んだのかを単純化して表した図です。
10万回再生されても、視聴した全員が商品・サービスを認知するわけではありません。30%の人が認知してもらえると仮定した場合、30000人が認知したことになります。そして興味喚起→理解促進→購入意向の向上→購入と、人数は段階を経るごとに減少します。
CPAで評価するということは、動画制作費などのコストを合算して、購入に進んだ100人について一人あたりの獲得コストで評価するということです。仮にコストが500万円だったとしたら、CPAは5万円です。繰り返しになりますが、テキストや画像より動画のほうがCPAが高くなることは自明です。動画は制作費が高く、一度完成したら作り直しが難しいからです。
しかし、そのリッチな表現を活かすことによる認知を獲得する力、興味を喚起する力、理解を促す力、購入意向を向上させる力は無視してもよいのでしょうか? 本図をもとにすれば、30,000人が商品を認知し、5,000人が興味を持ち、2,000人が商品特徴を理解し、500人の購入意向の向上に寄与しました。短期的なコンバージョンにはつながらずとも、これらの意識・態度変容はブランド資産として蓄積され、いつか必ずマーケティング効果に寄与するはずです。
動画は世界観や雰囲気を伝える力、ブランドイメージを中長期的に植え付ける力など、画像やテキストに比べて強力に働くことも少なくないでしょう。つまり、動画の得意なことを活かした目的と目標を正しく設定し、評価することが欠かせないということです。そしてそれは動画に限らずどのマーケティング施策でも同様です。
まとめ
- 動画はテキストや画像と並ぶコンテンツフォーマットの一種であると考えよう。それぞれのマーケティング手法において動画を用いることでどのようなメリットがあるのかを考えることがポイント
- 動画が得意なことは、音楽や演出を用いたリッチな表現で情報を伝えること、生活者は受動的に情報を摂取できること、そしてHOWTO動画など画像やテキストでは伝えにくい情報を伝えやすいことである
- 動画の弱みは最後まで視聴しないと良し悪しが判断できないこと。そのため、生活者からは「本当にこの動画に時間を使って良いのか」をシビアに判断されてしまう。また、画像やテキストに比べて制作費が圧倒的に高価であり、一度完成したら結果に応じて一部を直して改善を繰り返すようなことはできない
- 動画を使う注意点は導線の確保と多くの競合の存在。導線を用意しなければどれだけよい動画でも見てもらうことは難しく、いまは生活者一人ひとりが動画の生産者となっているため可処分時間を奪い合っている
- 制作費が高い動画はCPAが高くなってしまいがち。あらゆるマーケティング施策はCPAだけではなく、手法やコンテンツフォーマットが持つ強みを活かし、売上に直結する指標を目的や目標として設定し評価することが重要